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世界の中古カメラ市

EOS 5Dのファインダーにどうもゴミが入ったみたいなので、早速、銀座にある”キャノン・デジタル・ハウス”のサービス・センターに持ち込んでクリーニングしてもらった。

待ち時間がかなりあったので、銀座をぶらり。本屋でカメラ雑誌をペラペラ・・・

銀座・松屋特設会場で、”第28回 世界の中古カメラ市”開催。しかも今日から。

早速、松屋特設会場へ、いそいそ・・・

平日の昼間(有給取りました。。)なのに、物凄い混雑のしかた。しかも、かなり年季の入ったフォトグラファー?の方々が大半を占めていた。

しかも、物凄い数の中古カメラやレンズが鎮座している。観ているだけでも楽しくなってくる。

04_1 ライカやコシナ、フォクトレンダー等など・・・。昔のカメラはメカニックで格好良い。特にシルバーむき出しのレンズが格好良いんだよね。

思わず欲しくなってしまった。中古で1つ買おうかな。。。。

などなどしているうちに、我が愛機”EOS 5D”のクリーニングが終わり、ファインダーもスッキリした(良く見える)

EOS 5Dは、フォーカシング・スクリーンが取り替える事が出来るので、微妙に隙間が空き、ホコリが入り易いそうだ。大切に扱おう・・・

01 EOS 30Dが発表されましたね・・・・

REIKO at 郷土の森博物館

府中郷土の森博物館で”REIKO”さんの撮影会(Studio Swallowtail)でした。

天候もなんとか薄日が差す程度でしたが、一日中もってくれました。府中郷土の森博物館では、初めて撮影しましたが、レトロな建物(学校や市役所)や古民家が立ち並び良い空間を演出しています。

Img_0720 こんなレトロ調ポストもありました。最近見ないですよね丸いポストなんて。

建物を入れた撮影はダメなようです(でも、撮っちゃいました)先週の天王洲アイル周辺も品川側は撮影禁止だったり、肩身が狭いですね。色々な撮影会が毎週のように活動していると、マナーが悪いところがあったりするんでしょうか。撮影していると、つい夢中になってしまう所があるから、自分も撮影中は気おつけなければ・・・。

”REIKO”さんは、初めての撮影でしたが、美人ですね。モデルも手馴れた感じで、こちらが、立ち位置を指定してあげればそれで十分って感じでした(背筋もピンって伸びているし)何となく、モノクロな感じが似合いそうなので、モノクロ写真が多くなりました。

情報(カラー写真)量が多すぎる写真より、モノクロの方が表現し易い女性って感じでした(続きはHPで)

どうも、ファインダーにホコリが入ったみたい・・・

運命を分けたザイル

Photo 究極、極限状態で何を考え、どう生き抜くのか。

ペルー/アンデス山脈(標高6600m)の難関シウラ・グランデ峰に挑んだ、英国の若きクライマーのジョー・シンプソンとサイモン・イエーツ。2人の真実の物語。

登頂に成功した2人。下山途中に”運命を分ける”事故に遭遇する。

脚を骨折してしまったジョー。瞬時に”死”を直感する。サイモンは互いの体をザイルで結び、単独救出を試みる。下山を開始したが、ジョーの体は激しくバランスを崩し、垂直に切り立った氷壁に宙吊りになってしまう。

体感温度マイナス60℃。極限状態の中で究極の選択を強いられる。2人で死ぬか、1人が生き残るか・・・。サイモンはナイフを手にし、ザイルを切断する。

クレパスに落ちたジョーの決死の生還が始まる・・・。

作品の冒頭からジョーとサイモン本人が語り部として登場するので、2人が生還出来たのは解っているのだが、その究極状態の映像に息もつけない。

食料も水も底を尽き、3日を生き抜く。人は何処まで生き続ける事が出来るのか。肉体と脳と心臓、何が最初に停止するのか、それとも精神か。

サイモンの選択は正しくは無いが、間違ってもいない。人の生死は1枚のカードみたいなもの。表が”生”なら裏は”死”。ジョーの”死”を感じ、自分の”生”を感じたのだと思う。

ジョーもまた、”死”を感じたからこそ、”生”に固執し、生還出来たのだと思う。

2人とも底知れない精神力だ。

中條鈴菜 at 天王洲アイル

天王洲アイル周辺で、中條鈴菜さんの撮影会(Studio Swallowtail)でした。

天候も良くて日向では暖かいほどでした。

開始早々に警備員のおじさんから注意!以前撮影していた時は、何も言われなかったのに・・・。最近の撮影会事情も厳しいですね。お気に入りの”木造のデッキ”での撮影は出来ませんでした。

Img_0618_1 ”Canon EF85mm f/1.8 USM”が初参戦の撮影会。レンズの性能は細かく語れないけど、噂通りの良いレンズですね。ボケ具合が綺麗で好きです。適度な圧迫感も良いですね。

これで、”Canon EF50mm f/1.4 USM”と二枚看板がそろい踏みです。

次は、風景用に”Cannon EF24-105mm F4L IS USM”が欲しい所。生産薄の状態のうちにお金貯めておこう。

中條鈴菜さん、良いキャラでした。撮影会の合間中、喋りまくってました・・・。でも、「撮影されているのが楽しい」って感じがコチラにも伝わる女性ですね。楽しく撮影出来ました。

”ベトナム” そこは、戦場だった。

「発掘された不滅の記録 1954-1975 VIET NAM(ベトナム) そこは、戦場だった。」

ベトナム戦争の写真展を観に、東京都写真美術館まで行ってきました。

ロバート・キャパ等の写真展で、ベトナム戦争の写真自体は、過去に観た事はあった。

しかし、今回の写真展「発掘された不滅の記録 1954-1975 VIET NAM(ベトナム) そこは、戦場だった。」は、それまで認識していたベトナム戦争とは様相が違う写真を数多く観る事ができた。

ベトナム戦争というと、米軍vsベトナム解放戦線、なんて単純な構図しか思い出せなかったが、この写真展では、女性や年寄りが銃を握る姿が、沢山写し出されていた。

ベトナムの人々は、先祖の霊は大地に宿ると考えているというのを、聞いた事がある。あの戦争は、生まれ故郷を守る為、先祖が眠る神聖なる土地を守る為の戦いだったのだろう。

また、恐怖や憎悪も写し出されている。

20前後と思われる米兵が、年端もいかない子供に銃を向け、自分の母親や祖母とも変わらない年齢の女性にも銃を向ける・・・。「これが戦争だ」と言うのは簡単だけれど、胸が詰まる思いである。

30年経った現在では、イラクで同じ光景が日々繰り返されているのだろう。ベトナム戦争を通して、現在のイラクを見なければいけないのではないかと思う。

イノセント・ボイス 12歳の戦場

12歳の時、誕生日はどんなでしたか・・・

Photo_1 1980年代の南米・エルサルバドルは内戦状態。12歳の誕生日を迎えると、政府軍に徴兵され、戦場へと送り込まれる。

子供たちは、強制徴兵から逃れる為に、兵隊が村に来ると屋根に登り身を隠す。徴兵から逃れても、反政府ゲリラとして、銃を握ってしまう。

家で食事をしている時、学校で勉強をしている時、夜寝ているとき・・・。突然と戦闘が始まり、銃声が鳴り止むと沢山の人が血を流している。愛する家族や、好きだった女の子を失ってしまう。そんな環境下で育った子供たちは、何を感がえるのだろう。

戦闘は戦闘を呼び、憎しみは憎しみしか生み出さない。そんな連鎖が途切れること無く続いていく。

イラク、パレスチナ、チェチェン、スーダン・ダルフール・・・・。テレビ映像には映し出されない光景がそこにはある。テレビからは子供たちの泣き声は聞こえてはこない。耳を凝らして、子供たちのイノセント・ボイス(純真な声)を聞かなければならない。

世界で30以上の紛争地で、およそ30万人子供たちが、兵士として銃を持っている。

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