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世界報道写真50周年記念展

半世紀、長い年月のような気がする。

しかし、そこに写し出されている世界は、現在私たちが生きている時代となんら変わる事のない世界が写っていた。報道写真の歴史は、戦争の歴史でもないだろうか。報道写真家(特に戦場のフォトグラファー(Warphotographer)) が活躍しているという事は、世界のどこかで戦争・国際紛争がいつも行われていた事の証。

戦争だけではなく、飢餓や貧困、人種差別と報道のネタには事欠かない。それが今現在も続いている。この先半世紀も続いて行く事だろう。

映像文化が多岐に渡る今の世界においても、写真の持つ力はまだまだ衰えていないだろう。

セバスチャン・サルガドの写真を見た時の衝撃は今でも忘れられない。聖書の世界を再現するかの様な作品の数々に触れ、思わず「美しい」と思った。しかしそこに写し出されていたのは、貧困に苦しむ親子の姿。「美しい」と思った自分の無知さを恥ずかしく感じ、その後の世界観が大きく変わった事を自覚できる瞬間であった。

戦争の悲惨な現場に立ち会っているかの如く、ジェームズ・ナクトウェイの写真に見入る。

彼らの写真は、私たちを知らない世界に誘ってくれる。自分の生きている社会だけが全てでは無い事を教えてくれる。

しかし、彼らフォトグラファーたちは、何故その現場に居たのだろう。

何をもって”決定的瞬間”と言うかは、フォトグラファー個々で違うだろう。しかし彼らは常人とは違う嗅覚を持っているのか、吸い寄せられるようにその現場に立会いシャッターを切っている。

まるで人間の英知を遥かに超える力によって導かれ、その場に立ち会う事を許されたかのように・・・

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