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川口凛 撮影会(at 鶴見線沿線)

”川口凛”さんを撮影(エフ・スタイル)してきました。

神奈川県/鶴見線の国道駅をスタートに周辺での撮影。国道駅の改札を出ると昔ながらのガード下を思わせる佇まい。雰囲気的には悪くない。しかし少し暗すぎる。暗いと聞いてはいたが・・・

はじめは、EF24-105mm F4L IS USMを使用してISO感度800以上で撮影していたが思うようにならず、単焦点レンズの開放気味での撮影に変更。

それで何とか撮影出来る状態になったが、今度は工事現場にある三角コーンが乱立しているのが気になりだし、なかなか撮影するペースが上がらない。

Img_3464それ以外にも、駅前なのだから仕方が無いのだが意外と多い人の通り。他の撮影者が灯すフラッシュの閃光等など。一つの事が気になりだすと全てが気になる悪い癖。半ば前半の撮影は諦めていた感がある。

2~3日前から体調が良くないせいもあるのか、集中出来ない自分がいるのが良くわかる。

「そんな時もあるさ」と割り切ってしまうのは簡単だが、モデルの凛さんが一生懸命なだけに申し訳ない。

水野莉佳 撮影会(at 昭和記念公園)

東京/国営昭和記念公園で、”水野莉佳”さんを撮影(Studio Swallowtail)してきました。

Img_3241_1 撮影会に参加する時の条件には、ロケーションを優先する事が多いのですが、今回ばかりはモデルを最優先で選びました。

水野莉佳さんの撮影は6月以来になりますが、前回の撮影会後にアメリカ留学に旅立ってしまい、その後なかなか撮影する機会が訪れず満を持しての撮影になりました。

撮影会前半は諸事情により水野莉佳さん1人しかモデルがおらず(今回の撮影会モデルは2人)1対10人での撮影。久しぶりの囲み撮影になってしまい調子が上がらない。その為様子を見ながらポチポチとシャッターを切っていた。

午後からはやっとモデル2人体制になり、適当に撮影者もバラけてきたので思い通りに撮影する事が出来てきた。

都立や国営公園は綺麗に整備されている場合が多く、昭和記念公園もその例に漏れず、非常に綺麗です。都会的でスタリッシュ感が漂う水野莉佳さんには良く似合う。個人的にはコスモス畑の色合いも利用したかったが、土曜日の公園ではなかなか撮影をする雰囲気には無いらしく、ロケーションから外されていた。

Img_3221_1 水野莉佳さんは、笑顔や憂いだ感じと多彩な表情を演出してくれた。撮影意図が見透かされているようで嬉しくもあり、少し恥ずかしさも感じる。

まだ秋色には程遠い感じの公園であったが、11月になったらイチョウ並木の撮影にもう一度訪れたい。

野町和嘉『イスラーム』巡礼

最近の新聞、テレビ等の報道で毎日のように登場する『イスラム教』

あまりにも負のイメージばかりが先行している感があるが、果たしてイスラム教とはそれ程まで邪悪な宗教なのだろか。

野町和嘉氏が2000年より取材を重ねた本写真展を見ることによりその答えを垣間見ることが出来るかも知れない。

イスラム教徒なら一生に一度は訪れる事が義務でありまた夢でもある『メッカ巡礼』と、イスラム教シーア派独特の『イマーム廟巡礼』が今回のテーマ。

メッカ巡礼の作品は、秩序と無秩序が混在している様に見える。

メッカに到着した巡礼者が最初に行うのは、カーバ神殿の周りを7周(急ぎ足で4周、ゆっくり3周)する。その光景を写した写真では、可也シャッタースピード遅くしたもので、カーバ神殿を回る人々が線のように写し出されているのに対して、周回する信者の周りには少しのブレも無く写っている信者たちが沢山いる。すなわち彼らは全くと言ってよいほど動かずカーバ神殿を拝んでいる事になる。

毎回、圧死者が後を絶たない『悪魔払いの石投げ』に殺到する信者たちや、聖山アラファト(2004年に死去したパレスチナ暫定自治政府議長ヤセール・アラファト(本名:ムハンマド・アブドゥッラウフ・アル=クドゥワ・アル=フサイニー )は、このメッカ巡礼地の聖なる山の名をとったのだろう)に向かう巡礼者の列には車と人で溢れている。バスは巡礼者を描き分けるように進み、バスの上にも巡礼者で溢れている。

ここには秩序など存在していない。

それに対して、モスクで礼拝する信者たちは、まるで米粒を一つ一つ並べたのかと思うくらいに秩序正しく整列している。そしてメッカに到着し感極まったのか若者が涙している。

この違いは何なのだろうか?

無秩序の中には壮大な”力”を感じ、秩序(モスク)の中には繊細な姿を見る事が出来る。無秩序の持つ”力”には、神を信じて進む純真な気持も感じるがその”力”を不当に利用する別の”力”(神の名を語る悪魔)が今のイスラムに感じる”恐怖”を生み出している。

世の中全てに共通する事かも知れないが、一握りの悪魔をみてそれが全てだと短絡的に考えるのは間違い。これはイスラム教に限った事ではなく、ユダヤ教にしてもキリスト教にしても、勿論仏教にしても同じこと。

武蔵野市立吉祥寺美術館(http://www.musashino-culture.or.jp/a_museum/)の中の静寂とそれに対比するかのような吉祥寺の街の喧騒さは、まさにモスクの中と外のようだ。

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