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野町和嘉『イスラーム』巡礼

最近の新聞、テレビ等の報道で毎日のように登場する『イスラム教』

あまりにも負のイメージばかりが先行している感があるが、果たしてイスラム教とはそれ程まで邪悪な宗教なのだろか。

野町和嘉氏が2000年より取材を重ねた本写真展を見ることによりその答えを垣間見ることが出来るかも知れない。

イスラム教徒なら一生に一度は訪れる事が義務でありまた夢でもある『メッカ巡礼』と、イスラム教シーア派独特の『イマーム廟巡礼』が今回のテーマ。

メッカ巡礼の作品は、秩序と無秩序が混在している様に見える。

メッカに到着した巡礼者が最初に行うのは、カーバ神殿の周りを7周(急ぎ足で4周、ゆっくり3周)する。その光景を写した写真では、可也シャッタースピード遅くしたもので、カーバ神殿を回る人々が線のように写し出されているのに対して、周回する信者の周りには少しのブレも無く写っている信者たちが沢山いる。すなわち彼らは全くと言ってよいほど動かずカーバ神殿を拝んでいる事になる。

毎回、圧死者が後を絶たない『悪魔払いの石投げ』に殺到する信者たちや、聖山アラファト(2004年に死去したパレスチナ暫定自治政府議長ヤセール・アラファト(本名:ムハンマド・アブドゥッラウフ・アル=クドゥワ・アル=フサイニー )は、このメッカ巡礼地の聖なる山の名をとったのだろう)に向かう巡礼者の列には車と人で溢れている。バスは巡礼者を描き分けるように進み、バスの上にも巡礼者で溢れている。

ここには秩序など存在していない。

それに対して、モスクで礼拝する信者たちは、まるで米粒を一つ一つ並べたのかと思うくらいに秩序正しく整列している。そしてメッカに到着し感極まったのか若者が涙している。

この違いは何なのだろうか?

無秩序の中には壮大な”力”を感じ、秩序(モスク)の中には繊細な姿を見る事が出来る。無秩序の持つ”力”には、神を信じて進む純真な気持も感じるがその”力”を不当に利用する別の”力”(神の名を語る悪魔)が今のイスラムに感じる”恐怖”を生み出している。

世の中全てに共通する事かも知れないが、一握りの悪魔をみてそれが全てだと短絡的に考えるのは間違い。これはイスラム教に限った事ではなく、ユダヤ教にしてもキリスト教にしても、勿論仏教にしても同じこと。

武蔵野市立吉祥寺美術館(http://www.musashino-culture.or.jp/a_museum/)の中の静寂とそれに対比するかのような吉祥寺の街の喧騒さは、まさにモスクの中と外のようだ。

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