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ヒトラー 最後の12日間

N_619nkdf2105pl 年老いた独裁者の姿。そんな印象しか残らない。

ソビエト連邦の崩壊に始まった冷戦の終結。ベルリンの壁崩壊に続いて東西ドイツの統一。

世界が劇的に変化したその後、統一ドイツ国内での格差が広がると共に俄かに息を吹き返してきたナショナリズム。その先鋒となっていた、”ネオ・ナチズム”。彼らの行動が新聞各紙の一面を賑わしていた頃、ナチス・ドイツに興味をもった。

第二次世界大戦中、絶滅収容所(アウシュビッツ収容所など)で600万人ともいわれるユダヤ人を虐殺したナチス。その国家を指導していたヒトラー、そして彼に信望していた側近(親衛隊:SS)たち。いったい彼らは何を信じ、何を考えていたのかと、何冊かの書物を読んでみたりしていた時期があった。

ロシア軍の進撃のため、地下壕に身を隠したヒトラー。世界から隔絶された1人の老人は精神が病んでしまっていたのだろか。各地の戦力は崩壊寸前にも関わらず地図の上に存在する妄想ナチス軍を指揮する姿は何とも表現し難い。

それとも、アドロフ・ヒトラーを演じていただけなのだろうか。後に妻となる”エヴァ・ブラウン”はヒトラーの事を、「普段は優しい」と表現した。狂喜を演じることで正気を保とうとでもしていただけなのだろうか・・・。

調子の良い時は”勢い”で進撃してくれる。その勢いが止まった時、修正するすべを持っていなかったのが、ヒトラーの運命を決めたのではないか。狂喜を隠すのには、もっと大きな狂喜で覆い隠す、それの繰り返しで気がついた時には誰も手を出せる状態に無いほど大きくなっていた”狂喜”。

それに一番気ずいていたのは、総統・ヒトラーその人ではなかったのか。

身体の後ろに隠している左手は常に震えている。アルコール中毒の症状か何かなのだろうか。もしそうだとしたら、正気を保つ事に既に無理が来ていたのだろう。それは”罪の意識”がヒトラーにはあったとゆうことなのか。

そのとても正常とは思えないヒトラーの指揮を否定する事が出来ない側近たちの姿の方が哀れに映る。彼らもまた狂喜を演じていたのだろうか。

本作品は総統ヒトラーとエヴァ・ブラウンが地下壕で自殺した後の事も描かれている。

ナチス・ドイツの宣伝(プロパガンダ)大臣のゲッペルス(パウル・ヨーゼフ・ゲッベルス)とその妻(マグダ)の姿が印象的だ。総統の亡き後の世界に絶望したマグダは、5人の子供に自ら青酸カリを飲ませた上で、ゲッペルスと共に自殺している。

トランスポータ2

Photo_5 遅れ馳せながら、トランスポータ2を堪能しました。

前作を観た時も感じた事を、本作を見終わった時に感じた。製作/脚本を担当した”リュック・ベッソン”は、相当に”ウォシャウスキー兄弟”と”ジョエル・シルバー”を意識した作品を製作したという事。

明らかに”マトリックス”に対抗するかのようなシーンが随所に散りばめられている。幾つか思い当たる箇所を列挙してみる。

類似点① 前作のトランスポータ。

映画序盤にフランクが銀行強盗の”運び屋”をしているシーンで、橋の上からトレーラの荷台に愛車ごとダイブして警察の追っ手から逃げる。

マトリックスの2作目で、トリニティーがトレーラの荷台からバイクで”キーメイカー”と逃げたシーン。

類似点② 前作のトランスポータ。

映画終盤で、本物道路を走行中のトレーラの上に、セスナ機からダイブしたフランクが行ったトレーラ上でのアクション・シーン。

マトリックスの2作目で、映画製作用に作られた高速道路を走行中のトレーラ上で、モーフィアスが刀を振り回しながら行ったアクション・シーン。

類似点③ トランスポータ2。

フランクが大勢の悪党と格闘するシーンで、悪党側が壁から斧やナタ等の武器を取ったのに対して、フランクは長い鉄パイプで応戦するシーン。

マトリックスの2作目で、モニカ・ベルッチが演じる女性の旦那の屋敷でネオが格闘するシーンでは、悪党がやはり壁から斧やナタ等を手に取った。またネオと無数に増殖した”エージェント・スミス”が戦うシーンでは、ネオの武器は長い鉄パイプ。

他にも、トランスポータ2で駐車場ビルから逃げる時に突如警察のヘリコプターが浮上してきたのをマシンガンで撃ち落とすシーンも、マトリックスでトイニティーがやったような(でも、この手のシーンは良くあるか・・・)

と色々思い当たる節がある。

”マトリックス”で”ウォシャウスキー兄弟”と”ジョエル・シルバー”が何億という資金を使い、高速道路を作成したり、CGやハイ・スピードカメラを駆使して作りだした映像を、”リュック・ベッッソン”は限られた資金とフランク(ジェイスン・ステイサム)の生身の肉体を駆使して作成している。

最近のハリウッド映画は潤沢な資金を使って作成されるが、その殆どが過去の作品のリメイクであったり、昔ヒットした映画の無理やりな続編ばかりで興味をそそる作品が無い。そんな、ハリウッドに対抗するかのようなフランス映画の巨匠の作品には、非常にスピードを感じ陳腐な表現ではあるが、”スリルと興奮”に満ち溢れている。

作品全体に好感を持てると、トランスポータ2でフランクの愛車の下に仕掛けられた爆弾を取り外すシーンもあれで”OK”なのだと納得する(他の映画で同じ事をやったら、笑って終わりだろう)

http://www.eigaseikatu.com/title/15406/(映画生活:トランスポータ2)

遊希ひなた 撮影会(at 逗子海岸)

神奈川県/逗子海岸で、”遊希ひなた”さんを撮影(Studio Swallowtail)してきました。

朝の7時に雷鳴と共に降りだした雨。

前日までの天気予報では、雨の降り出しは午後との事でしたが雨雲が少し早めに北上してきたのでしょう。

時より雨が止んだと思うのもつかの間、また激しく降り始める。さすがに降り過ぎかなと思うが、撮影会主催者からは開催のメールが届いたので現地に赴く。

_img_3669_2 前回、遊希ひなたさんを撮影したのは、7月16日の猿島で水着撮影。水着も悪くないがポートレートの場合は洋服の方がしっくり落ち着く感じがして好きだ。

ようやく巡って来た洋服での撮影。最近は街中で良く見かけるショートのズボンにニーソの組み合わせがお洒落なだけに、本当に残念な天候だ。

以前から雨中の撮影には興味があった。透明のビニール傘越しなど普段撮る事の出来ないシチュエーションで撮影出来るので面白そう。今回はそんな撮影に拘ってみるのも良いかな。

撮影場所の移動が思うように出来ず、橋の下での撮影がメインに。

雨合羽でも用意しておけば、モデルと共に雨中に出て行けるのにと後悔する事しきり。

風景撮影時などに突然の雨にも対応出きる様に購入しておいても良いかもしれない。しかし、使用機材のCANON EOS 5Dは完全な防塵・防滴処理がないので雨天で撮影するのにはそれなりの対応が必要。防塵・防滴処理がないのを承知の上で購入しているのだからそこは恨みっこなしで。

予定より少し早めの終了も納得。海岸沿いの橋の下での撮影は風通りがよく体温が急激に低下する感じ。遊希ひなたさんは使い捨てカイロを駆使していたが寒そうで気の毒。

画像は近日中にHP(http://members.aol.com/Caprice045/)にアップします。

父親たちの星条旗

T0004457_2 一枚の写真に秘められた真実を描いた「父親たちの星条旗」を観るまで、この写真は米軍による”硫黄島”攻略時を撮影したものだと思っていた。

アメリカの戦費調達のために国債を売り歩く道具として使われた兵士たち。彼らの歩んだその後の人生は悲惨なものがある。

特に写真に写ってもいないのに”英雄”として祭り上げられたネイティブ・アメリカンの”チーフ”。戦友を売り物にするプロパガンダに利用されていると感じた彼は徐々に心が蝕まれていく。それを誤魔化すかのようにアルコールに依存し、その最後は悲哀に満ちている。

この話は太平洋戦争時だけのものではない。

イラク戦争時、マシンガンを振りかざし人質となった戦友を助け、”バイオハザード”の”ミラ・ジョボビッチのようにマスコミに取り上げられた女性兵士。しかしそれは政府による全くの”やらせ”で、彼女は1発の銃弾も撃つことなく負傷して帰国した。当初アメリカ政府は戦死者の棺を写すことすら禁止していた。国民の戦意が落ちてしまうからだ。

戦場のダークな部分は全て隠蔽される。

戦死する兵士の半数は味方の兵士による誤射で死亡していると言われている。しかしその事実は決して家族には伝えれる事は無い。

NFL(全米プロフットボール)の花形選手がアフガニスタ戦争に志願し、味方の誤射によって死亡した事件では、政府は彼を”英雄”に仕立て上げた(家族が真相究明を政府に迫り真実が明るみ出た)

何時の時代も政府は必死になって”英雄”を作り上げようと躍起になっている。戦場で勇猛果敢に負傷した戦友を助ける兵士を探し求めている。国民を鼓舞し感覚を麻痺させるような出来事を探している。

では、戦場に”英雄”はいないのだろうか。

いないと思う。

戦友を救助する”ドク”はどうだろう。衛生兵の”ドク”は直接的には戦闘には関わらない。彼は自分の身を挺して、負傷兵の救出に向かう。しかし彼の救助した兵士は、再び戦闘に加わり、敵兵を殺害して来るだろう。”ドク”もまた間接的に殺害に関与している。

戦場は全ての人間が殺害に関与せざるをえない場所であり、そんな所から”英雄”を探すのは無理な話。

そんな事を考えた作品であった。

作品「父親たちの星条旗」は、序盤は少しストーリーに混乱する。外国人の顔と名前が一致する前に、現在と過去(戦費調達をしている時)とフラシュバックする”硫黄島”での記憶が行き来する。その為、写真に写っている6人と帰国した3人の関係があやふやなままストーリーが展開してしまった。

途中で”チーフ”が戦死した仲間の母親と抱き合って泣くシーン辺りから人物関係が明確になってきた。

そして最後に、”硫黄島”の星条旗を立て替えるシーンを挿入してくれたお陰で話が繋がった感じがする。

http://www.eigaseikatu.com/title/16113/ (映画生活:父親たちの星条旗)

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