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千尋 撮影会(西新宿界隈)

主催:Studio Swallowtail  撮影モデル:千尋  撮影場所:西新宿周辺

Img_4855 専門学校が新宿/百人町辺りにあったので、西新宿にはよく出向いた場所。当時は輸入版のレコード店が至る所にあり、学校帰りに良く立ち寄った。店先にいると大音量で洋楽ハードロックやヘヴィーメタルが流れていた。「ディスク・ランド」「ディスク・ロード」そして聖地とまで言われていた「新宿レコード」・・・。随分と”ジャケ買い”(レコードのジャケトだけを見てバンドの音楽性を判断する)をしたっけ。

そんなノスタルジックな思い出の街とは裏腹に、最近モデルを前にすると思うように撮影出来ていない気がしていた。昨年末からネイチャー撮影に重きが置かれていたせいか、撮影ペースについて行けない感じがしていたのだ。

被写体となるべく風景を前に自分なりに「どう撮影してゆこうか」などと考えつつ、ジックリ景色を眺める。そしておもむろに三脚を延ばしカメラをセッティングする。そしてマニュアルでピントを合わせ慎重にシャッターを切る。Img_4795 一連の動作に心地よさを感じていたからなのか、瞬時にシャッターを切るのに少し躊躇していた。

そんな雰囲気を払拭するがために今回の撮影に挑んだ。

撮影会に参加し始めた頃から御世話になっているStudio Swallowtail

過去に何回も撮影している千尋さん。

そして少人数(4人)と好条件が揃ってくれた。他のカメラマンも初対面の方はおらず皆さん気さくな方々だったのも非常に助けられた。撮影マナーもよく、皆が思い思いの場所で撮影していく。ゆっくりとした時間が流れているのが感じられた。そんな空気に乗せられて順調なシャッター音が響いてくれた。

千尋さんは、「主張し過ぎず引き過ぎず」な存在感があると思う。どんな街並みや景色にも自然と溶け込んでしまう、そんな魅力のある女性で好感がもてる。今回の撮影でもそんな千尋さんに助けられた思いがする。

_img_4849撮影時にあまり作品を意識する事が無いように、撮影自体を楽しむ事ができたのではないかと思える。

今回はレンズ選びに迷わないように、50mmと85mmの二本体制。

撮影は殆ど50mm一本で行なっていた。50mmの単焦点レンズで撮影がしたく一眼レフを購入をしたころの気持に戻れただろうか。

冬の景色 夕日の滝

「夕日の滝」を撮影するために、神奈川県南足柄赴く。

Img_4641 昨年の暮れ、富士フォトサロンで開催された「四季の彩り」展を鑑賞した時に、出展作品の中に凍結した滝の作品があった。その出展目録に「夕日の滝」を見つけた。意外と近場にも撮影ポイントがあるものだと思い、是非凍結する時季に行きたいものだとチャンスを伺っていた。

暦の上では春を迎える立春(2月4日)は、一年でも一番寒い時期だとゆう。例年では、この時季の「夕日の滝」は全面凍結していると、現地で撮影をしていたカメラマンの方が言っていたが、今年は暖冬の影響なのか、一部が凍結しているのみであった。

氷柱の出来具合も少し貧弱な感じが否めない。

滝の頂部分から日が注ぐ感じになるため、現場は比較的薄暗く感じる。その為か空気が冷たく透明感を醸し出していた。

冬場は水量が少ないせいと、部分凍結をしている関係であまり滝の激しさを感じない。夏場はかなりの水量を誇り、水面近くでは水飛沫を浴びるほどだそうだ。

朝から昼前まで撮影をしていたが、時より訪れる他の撮影者の方と話していると、色々な情報に恵まれる。まだまだ、カメラ雑誌から情報を得て撮影地を決めることが多い自分としては、貴重な生の情報を得る事が次の撮影に繋がる。

最近は現地で他の撮影者とコミュニケーションをとれるようになってきたのは、撮影に少し余裕が持ててきたからかも知れない。以前は「少ない時間でとにかく多くの写真を」とゆう感じであったが、最近は撮影をする前に色々な角度から見る事が出来るようになってきた。単に風景写真を撮影するのではなく、そこに宿る生命を表現したい。そのためには被写体をよく観察しないといけない。Img_4650

今回初めて、「EF70-200mm F4L IS USM」を使用した。かなり絞った状態での撮影になったが、非常にシャープに写ってくれた。それに軽いので持ち運びにも苦にならないのが嬉しい。夏になったら丹沢へ撮影登山を計画しているので機材の重量は少しでも軽い方が嬉しい。

デジタル・カメラでの風景写真に難色を示す方がいる。実際風景写真の写真展などを見たときも、中判カメラの描写力には脱帽するが、シャープに写るデジタルだからこそ冬場の澄み切った空気感を上手く表現する事が出来るのではないかと思う。

環境破壊によって、少しずつ季節感が変わってきているのか冬場にあるべき色(彩)が無くなりつつあるように感じる。

グアンタナモ、僕達が見た真実

監督:MICHAEL WINTERBOTTOM / MAT WHITECROSS

キャスト:ARFAN USMAN(アシフ)/FARHAD HARUN(ローヘル)/RIZWAN AHMED(シャフィク)

Intro_img_01 パキスタン系イギリス人のアシフ・イクバル(19歳)は、両親の勧める縁談の為、故郷パキスタンを訪れる。結婚を決めたアシフは、イギリスから友人(ローヘル・アフマド(19歳)、シャフィク・レスル(23歳)、ムニール・アリ(22歳))を結婚式に招待するため、パキスタンに呼び寄せる。

アメリカによるアフガニスタン攻撃が叫ばれる中、彼らは真実が見たいと思う一身で、隣国アフガニスタンの国境を越える。

直後、米軍によるアフガニスタン空爆が開始されてしまう。

戦闘に加担する気など無かった彼らだが、空爆の混乱のさなかタリバンの最後の拠点にたどり着く。米軍の空爆と北部同盟からの攻撃に逃げ惑い、遂には北部同盟の捕虜として連行された。そして行き着いた先は、南米・キューバのグアンタナモ収容所へ。

無実のイギリス国籍の青年3人が、テロリストの容疑で2年以上もの間不当に拘束され、その後無事に開放されるまでを描いた本作。

1001363_01 収容所とゆうとナチスの絶滅収容所を思い出してしまうが、グアンタナモ収容所はさすがにそこまで酷くない。映画を見る限りでは、北部同盟のタリバン捕虜収容所の方が遥かに酷く見える。収容人数を超えた牢獄で、まともに食事も与えれない。移動するときはトラックに詰め込まれ、空気穴を外からマシンガンで開ける(扉付近の人間は即死する)

しかし、南米・キューバにあるグアンタナモ収容所は、キューバとの国交が樹立していない為、アメリカ合衆国の国内法も適用されないし、捕虜に適用されるジュネーブ条約も適用されていない場所。

Intro_img_02_2 人を物として扱い、同胞への裏切りを囁く。宗教や民族の文化、人間の尊厳やプライドを蔑ろにする米軍・グアンタナモ収容所も十分に人道に反している場所であるのには代わりない。

9.11のテロ直後であったり、アフガニスタンにおけるタリバン政権の非人道的は行いを見知るうちに、アメリカによるアフガニスタン攻撃には一定の正当性があると思っていた。

しかし、本作を見る限り、アメリカ合衆国は結果ありきでアフガニスタ攻撃をしたとしか思えない。ウサマ・ビン・ラディンはテロ首謀者であり、彼を保護するタリバン政権も同じ穴の狢であると。それを立証するためには、テロリストを捕まえ法廷で裁かなければ格好が付かないのか、無実の青年でもテロリストに仕立て上げようとする。

アメリカ合衆国が訴える、「対テロ戦争」の全てが嘘とは思えないが、本作で描かれた彼らの訴えも嘘ではないだろう。

世界で起こっている事の何が真実なのか解らなくなってくる。

本編の途中、グアンタナモ収容所の正当性を訴える、ラムズフェルド元国防長官やブッシュ大統領のニュース映像を挟んだりと反政府的な作品であるのをアピールしているし、本作のストーリーは無事に帰国した3人の証言を元に作成されているので、彼らのアメリカ政府に対する怒りや偏見で多少膨張して描かれている部分もあるかも知れない。

仮に本作の50%が真実だとしても十分に違法行為であるには間違いなく、未だに500人近い人達が収容されているのもまた事実だ。

http://www.eigaseikatu.com/title/16680/(映画生活:グアンタナモ、僕達が見た真実)

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