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アンリ・カルティエ=ブレッソン しられざる全貌

Img_6642_3 東京国立近代美術館で「アンリ・カルティエ=ブレッソン しられざる全貌」展を観てきました。

朝から台風の影響で雨脚の激しい日でしたので空いているかなと思ったのですが、そんな事は無かったです。またあらゆる年代の方が多数足をを運んでいたのも興味深いです。色々な世代に影響を与えたフォトグラファーなのだと改めて関心しました。

アンリ・カルティエ=ブレッソンを知ったのは、気鋭のジャーナリスト集団マグナム・フォトの存在と共に彼の作品を観る機会があったからです。アンリ・カルティエ=ブレッソンの作品と言えば、完璧なまでの構図と、決定的瞬間をイメージしていたのですが、本展示でそれ以外の一面にも多数触れる事が出来ました。

動乱のヨーロッパや南米、アジア各国に日本と世界中を旅して撮影した作品が多く展示され、ジャーナリストとしての顔も伺う事が出来たのも新鮮でした。

Img_6648_2作品に顔を近ずけて細部まで観察するより、少し離れた位置から作品全体を見ると、目線が奥に誘われるようなその構図の素晴らしさに心引かれます。

自分もポートレート撮影をするが、「もしこの構図であったら何処にモデルを配置するか」とか、「同じようなシチュエーションの時に自分はどう撮影していたか」などと考えながら鑑賞していたが、一番の問題は、その構図に自分が気がついているのかどうかとゆう事。結構気がつかずに見過ごしている場面が多いのでは無いかと思えてきた。

現代の東京の街並みと比べて当時の欧州の街並みは、多様性に富んだ複雑な顔を持っているのも面白く観る事が出来た。

毎日出会っている街並みを幾何学的に見つめる事が出来たら、どんな新しい世界を見る事が出来るのだろうか。

*本文と掲載されている写真は関係ありません。筆者が撮影した雨の東京です。

ひめゆり

監督:柴田昌平

キャスト:ひめゆり学徒の生存者22名

太平洋戦争の末期、米軍の本土上陸を少しでも遅らせる為に沖縄戦が行なわれた。沖縄では非戦闘員を巻き込んだ凄惨な地上戦が行なわれた。

15歳から19歳の女学生たちも看護活動の為に動員された。「ひめゆり学徒隊」である。

生徒達は赤十字の旗の下で活動すると思っていたが、実際は戦場の最前線に配置される。野戦病院と化した塹壕での体験談は凄惨を極め言葉を失った。

13年の歳月を掛けて製作された「ひめゆり」。映画の完成を待たずに3人の証言者が亡くなったそうだ。ゆっくりと時間を掛けて生徒達の言葉を綴り丁寧に作成されたドキュメンタリー映画でした。”娯楽”とは別の”記録”としての映画の役割があることを実感させてくれる作品でした。

生きている事に負い目を感じているかのような証言者達の言葉には衝撃を感じる内容ばかりでした。

塹壕での外科手術や集団自決を覚悟した夜の話。60年前の出来事をまるで昨日の事のように話す。忘れたくとも消えない記憶。そんな話をしてくれた彼女達には感謝の気持でいっぱいです。

”泣ける映画”などとは次元の違う涙にスクリーンが霞みました。

「ひめゆり」を観るのには、正直躊躇した自分があったのも事実。沖縄戦の事や戦争への政府の関与、マスコミの報道のありかたについて知見を深めてきたが、実体験者からの証言を聞く心構えが自分にあるのか不安でした。映画館の前でも躊躇しました。

しかし安部首相による、「沖縄戦における日本軍の集団自決への関与有無」発言があった後だけに、どうしても当事者の話が聞きたいという思いが断ち切れずに一歩前に進みました。

従軍慰安婦の問題にしても、沖縄戦自決の問題にしても政府は直接の関与を否定したが、共に沢山の生存者が悲惨な体験を証言している。女学生達は自決の方法を教師に教わったと証言していた。

中国や北朝鮮の人権問題を非難する前に自分達が”何をしたのか”の歴史認識を検証して、これから”何をするのか”をしっかりと示さなければならないのではないかと思う。

映画生活(http://www.eigaseikatu.com/title/18020/

世界報道写真展2007

「世界報道写真展2007」 を観て来ました。

日本でも格差の広がりが懸念されている昨今ですが、今回の「世界報道写真展2007」の作品にも、格差が色濃く表れている作品が多数ありました。

イスラエルによるレバノン全土への空爆後の荒れた街並みを、オープンカーに乗って訪れる若者達を写した作品があった。イラクにしても、パレスチナやその他沢山の紛争地で国外に避難出来るのは裕福な人達が殆どだと聞きます。逃げる術を持たない貧困層が戦闘の犠牲になってしまう。幼い子供や障害を持つ人達もしかりだ。小さな棺が沢山並んでいる作品には絶句した。

イスラエルの警備隊に素手で立ち向かう入植地の女性を写した作品。

一見すると無駄な抵抗のようで可笑しくなるが、もし自分が同じ立場にいたらと思うと笑えない。入植自体が間違った政策だと思うが、そこに生活の拠点を築いた人達が、政府の都合によって立ち退かされるも不幸な事。

イラク治安部隊の家宅捜査が終わるのを隣の部屋で待つ姿を写した作品。

イラク治安部隊が行なっている”掃討作戦”という名の人権侵害。突如自宅に外国人(アメリカ兵)が銃を持って訪れ家財道具一式を全てひっくり返し、抵抗しようものなら銃底で殴られる。そんなの事の繰り返しで果たして住民との間に友好関係など築けるのだろうか。

ハマスやヒズボラの行なっている事が正しいとは思わないが、ではイスラエルやアメリカ合衆国が行なっている事はどうなのだろう。会場内で、イスラエルによるレバノン全土への空爆後を撮影した短編のドキュメンタリーフィルムの上映がされていた。そこに映し出された火傷を負った少女の姿を見ると、どちらに正義があるのか解らなくなってくる。

人はこの世に生を受けたその時から、等しく生存する権利を有している。それを奪う事など誰の手にも出来ない。しかし戦争で親や子、兄弟、親族を奪われた人々の怒りや憎しみは、次の怒りや憎しみを産んでいる。

”憎しみの連鎖”を断ち切る術を我々人間は持ち合わせているのだろうか。

水野莉佳 撮影会(お鷹の道)

主催:Studio Swallowtail  撮影モデル:水野莉佳  撮影場所:お鷹の道(東京/国分寺)

Img_6460_3 東京/国分寺のお鷹の道を撮影会で訪れたのは2回目。お鷹の道は散歩道としては有名なところらしく行き交う人も沢山いた。前回訪れた時は冬場であり、人影も疎らであったのでそのイメージで訪れると人の多さにビックリしてしまった。

お鷹の道撮影会が決まってから色々イメージを考えてみたのだが、どうも纏まりきらずに撮影当日を迎えてしまった。唯一決まっていたのが、”道”を意識した作品にしてみたかった事。

しかしイメージ通りの撮影が出来ないのが常で、行き交う人の合間を縫う形で撮影したり、此処と思ったポイントを決めて待っていると歩行者が来てしまったりの連続。

コンクリートで固められた歩道が多く、あまり風情も感じないのも実情。それでも、道端のミラーを使ったり、歩きながら撮影してみたりと、何時ものように試行錯誤しながらの撮影だった。

Img_6484 ふぉとカフェで、あるフォトグラファーが歩きながら舞妓さんを撮影しているのをみて真似てみたが、モデルとの距離や歩く速度、背景処理とやはり難しい。そう簡単に物に出来れば苦労しないだろうが、良い道に巡り合えたらまた挑戦(実は以前、千尋さんの撮影で試している)したい。結構面白い作品が撮れる時もある。

2週間前に参加した浴衣撮影会の宿題「写真のバリエーション」

撮影時にモデルに寄る時は意識的に撮影方向を変えてみたが、事前に色々は方向から見て準備しておかないと、撮影時に戸惑ってしまう事が解った。今までは一方向に対しては、気おつけて事前に見てチェックしておく事はあったが、それだけでは不十分であり、撮影時に一瞬迷ってシャッターを切れない場面も時々あり、リズムが悪かった。Img_6557

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