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世界報道写真展2007

「世界報道写真展2007」 を観て来ました。

日本でも格差の広がりが懸念されている昨今ですが、今回の「世界報道写真展2007」の作品にも、格差が色濃く表れている作品が多数ありました。

イスラエルによるレバノン全土への空爆後の荒れた街並みを、オープンカーに乗って訪れる若者達を写した作品があった。イラクにしても、パレスチナやその他沢山の紛争地で国外に避難出来るのは裕福な人達が殆どだと聞きます。逃げる術を持たない貧困層が戦闘の犠牲になってしまう。幼い子供や障害を持つ人達もしかりだ。小さな棺が沢山並んでいる作品には絶句した。

イスラエルの警備隊に素手で立ち向かう入植地の女性を写した作品。

一見すると無駄な抵抗のようで可笑しくなるが、もし自分が同じ立場にいたらと思うと笑えない。入植自体が間違った政策だと思うが、そこに生活の拠点を築いた人達が、政府の都合によって立ち退かされるも不幸な事。

イラク治安部隊の家宅捜査が終わるのを隣の部屋で待つ姿を写した作品。

イラク治安部隊が行なっている”掃討作戦”という名の人権侵害。突如自宅に外国人(アメリカ兵)が銃を持って訪れ家財道具一式を全てひっくり返し、抵抗しようものなら銃底で殴られる。そんなの事の繰り返しで果たして住民との間に友好関係など築けるのだろうか。

ハマスやヒズボラの行なっている事が正しいとは思わないが、ではイスラエルやアメリカ合衆国が行なっている事はどうなのだろう。会場内で、イスラエルによるレバノン全土への空爆後を撮影した短編のドキュメンタリーフィルムの上映がされていた。そこに映し出された火傷を負った少女の姿を見ると、どちらに正義があるのか解らなくなってくる。

人はこの世に生を受けたその時から、等しく生存する権利を有している。それを奪う事など誰の手にも出来ない。しかし戦争で親や子、兄弟、親族を奪われた人々の怒りや憎しみは、次の怒りや憎しみを産んでいる。

”憎しみの連鎖”を断ち切る術を我々人間は持ち合わせているのだろうか。

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