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ミルコのひかり

監督:Cristiano Bortone

キャスト:Luca Capriotti(ミルコ)/Simone Gulli(フェリーチェ)/Paolo Sassanelli(ジュリオ神父)

Intro_main イタリア映画界の”音の魔術師”ミルコ・メンカッチ(Mirco Mencacci)氏の自伝的映画。

不慮の事故で両目の光(視力)を失った少年(ミルコ)。70’のイタリアでは、障害を持つ子供が健常者の子供と同じ学校に通う事が法律で禁じられていた(現在は法改正されている)。その為ミルコは、親元を離れ遠くジェノヴァにある全寮制の盲学校に転校する事となる。閉鎖的な学校は、子供たちの可能性を見出すような授業は行なわれておらず、職業訓練高のようだ。

「盲人には未来は無い」と言い切る保守的な校長は、障害者に対する世間の差別や偏見の象徴のように描かれている。

将来に希望の光を見出せないミルコは自暴自棄になる。そんなミルコを救ったのが古ぼけたテープレコーダーと良き理解者のジュリオ神父。

ジュリオ神父はミルコに「五感をいっぱい使うんだ」と教える。ミルコはテープレーダーに身の回りにあるあらゆる音を録音して一つの物語を想像した。その物語に感銘したジュリオ神父は子供たちの無限に広がる可能性を見出す。

雨はシャワーや指で手の平を叩く音。

風は窓を少し開けた時に流れ込む音。

ミツバチの羽音は唇を振動させた時の音で演出。

自分が普段何気なく聴いている音がそんな風に聞こえていたのかと、視力を失った子供たちの想像力には驚かされる。一つの感覚を失うと別の感覚が鋭敏になる、人間の神秘さも感じる。

今作では実際に視力を失った子供たちをオーディションで出演している。ミルコの親友・フェリーチェは先天的に視力が無い。ミルコに”色”の説明を求めるシーンは何とも言えない。青はどんな色?赤はどんな色。自分は幸いにも視力があり、日本の”四季の彩”も見る事が出来るが、彼らはモノトーンで見る事すら出来ず真っ黒な暗黒の世界しか体験した事が無いのだ。しかしそれ以外は他の健常者と変わらない。勉強もすれば、木登りもする。女の子の話もすれば恋もする。

ミルコは健常者の女の子に恋をする。彼女もミルコを自然と受け入れる。ミルコが彼女の顔を手で触り、彼女の姿を思い描くシーンは感動的だ。

ミルコ達は学芸会の作品として、音の児童劇を想像する事になる。

ドラゴンの咆哮はドラム缶!!

戦いの場面は、鍋やお玉を打ち鳴らす!

今思い出すだけでも微笑みが絶えないシーンだ。

「もっと自由に、もっと自由に!!」と映画は叫んでる様に思える。

児童劇を親達の前で披露するラストシーン。目を閉じて”音の世界”に浸っていたい位の感動的なシーン。

「ミルコのひかり」を見るまでは、自分も校長と同じ人間だったようにも思える。小学校の時、障害児は同じ学校に居ても特別教室の様な所で”隔離”されていた記憶がある。そのような教育を受けてくると、実際に街中で出合った時に、どう接してよいのか解らなくなる。手お差し伸べて良いのか、悪いのか・・・・

映画生活(http://www.eigaseikatu.com/title/18762/

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