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MAGNUM PHOTOS/世界を変える写真家たち

監督:ライナー・ホルツマー

Im_intro マグナム・フォトとは、
「1947年、ロバート・キャパ(ハンガリー人)の発案で、アンリ・カルティエ= ブレッソン(フランス人)、ジョージ・ロジャー(イギリス人)、デビッド・ シーモア("シム")(ポーランド人)らが創設した、会員が出資して運営する、 写真家の集団」

2007年も終わりに近ずいてきましたが、今年は「マグナム・フォト」創立60周年にあたる。

現在のマグナムを率いるメンバーが自らの言葉でマグナムについて語るドキュメンタリー映画。新規会員の選考会など普段観る事の出来ない映像も多数ある興味深い映画。

マグナムのイメージは、キャパのスペイン動乱当時に狙撃された兵士を撮影したと言われている「崩れ落ちる兵士」に代表されるように、時代の動乱をつぶさに記録して来た写真家の集団ように思えるが、60年の歳月を経て随分と変化してきたみたいです。

特にテレビ報道台頭により、報道写真の存在(必要性)が薄れる現代。マグナム・フォトも生き残りを掛けて変化を余儀なくされている。古き良き伝統を守りつつ新しい鼓動にも挑戦している。テレビ報道のスピード感には付いていく事は写真には不可能だ。そこでマグナムの選んだ選択肢の一つに、「同じ被写体を長い時間を掛けて撮影する」事だ。

それを実現するのには、マグナム・フォトの独立性が重要になる。

エージェントからの催促されることなく、ジックリと撮影する。設立当初から、写真家による写真家の為のエージェントであったマグナムは、その経営にプロの経理士や財務担当者がいないそうだ。それでよく60年も運営出来たものだと感心する。

今作のストーリの一つ、マーティン・パーを正式メンバーとして迎え入れるか否かの話は興味深かったです。

劇中ある写真家が「戦場フォトは簡単。戦場自体が非日常であり劇的なシーンが溢れている」と語っている。
日常の光景を劇的に撮影する事が出来るのが、マーティン・パーなのであろう。
彼のスナップは、凄く単純。”撮りたいものを撮る”
彼は色にインスパイアされるようで、その被写体はショーケースのパンや食肉、派手なネクタイと多彩。

また、彼の撮影スタイルを見ていると、カメラ一つで初対面の被写体(人物)との距離を一気に近かづける”技”は見応えがある。中々彼のように上手くは出来ないものだ。

戦争や貧困など特定のテーマを追い続ける写真家の対極に、あらゆる被写体に興味を示す写真家もいる。

どちらにも共通する思いは、「自分に正直」であることだろう。自分の撮りたい被写体をひたすら追い続ける。マグナムには変わらない志が受け継がれているように思える。

アンリ・カルティエ= ブレッソンは、写真を逆さまにして構図の確認をしていた等、面白いエピソードを聴く事もできた。

映画生活(http://www.eigaseikatu.com/title/19377/

田中かおり 撮影会

主催:エフ・スタイル  撮影モデル:田中かおり  撮影場所:戸山公園(東京)

Img_8382_2 久しぶりにモデル・ポートレートに参加してきた。丁度1ヶ月前に撮影した田中かおりさん。

先日購入したCarl Zeiss Distagon T* 2/35mmをモデル・ポートレート初参戦。マウントアダプターを使用している関係上、MF(マニュアル・フォーカス)でピント合わせをしなければならない。元々、Distagonを購入した切欠は、絞った時のシャープな絵作りが気に入った事であり、モデル・ポートレート特有の絞り開放域での撮影を目的とした訳では無かった。

自分の好みもF4.0~F5.6辺りを中心に撮影を行なう事が多い。だからと言ってシビアなピント合わせが不必要な事ではない。

撮影当初は、ピントの事ばかりが気になってしまい、思うような構図作りが出来なかった。

初めての35mm単焦点レンズなので、35mm域を生かした構図をと思っていたが、自分のイメージと実際の絵作りには大きな溝があり、思い描いた作品に仕 上がらない。

Img_8468_2そんな中でも試してみたかったのが、自分の影を写し込むこと。

先日、広河隆一氏の「人間の戦場40年」展をコニカミノルタプラザまで見に行った際、偶然隣のブースで在日外国人フォトグラファーの個展を見る機会があった。その作品には、自分の影を写し込んだスナップ写真が数点あった。ポートレート等では、自分の影や不要なものを極力写さない努力をするかと思うが、影が長い冬限定の作品として面白いのではないかと思う。

Img_8481 前日から激しい雨が明け方まで降り続いていた。そのような日は、気持のコンディションを維持するのが難しい。

震生湖

Img_8157 神奈川県/秦野市にある震生湖に遅い紅葉を撮影しに行ってきた。

当初は11月下旬~12月初めに行く予定であったが、わたらせ渓谷での撮影でEF24-105mmレンズを川の水に付けてしまい、その修理を依頼していたので、震生湖撮影は諦めようかと思っていた。

しかし今秋の歩みは殊の外遅く、12月の2週目になっても散ることなく彩付いているのが幸いした。

周辺を一回りしても1時間は掛からないだろう程の大きさの湖は、一面紅葉している感じではない。所々に紅葉のポイントがあるといった感じ。しかし、人でも少なく湖面には釣り糸を垂れるボートが浮かんでいたりとノンビリとした雰囲気で撮影するには丁度良い。

Img_8150

一番綺麗に彩付いていたもみじは、フォトジェニックな被写体で、9時過ぎから撮影を始めたのだが、既に順番待ちの状態。

午前中の日差しでは丁度逆光になる。もみじの位置が少し日陰に入っているので、透過光にすると趣のある作品になった。シャッタースピードが1/20秒程度なので、釣り人がぶれ過ぎないのと、時折湖面を吹き抜ける風によってもみじがぶれないように、風の止む瞬間を狙っての撮影となった。

Img_8168 昼食を挟んで、少し湖面から離れ、高台に上って撮影をする事を試みた。

なるべく紅葉の密集しているポイントを選び、湖面が背景に写りこむ様にしてEF 70-200mmで撮影をする事にした。

紅葉した葉だけをフレームに入れるのでは無く、黒い幹を同時に入れる事で、紅葉の彩が引き立つように撮影した。あまり黒くなり過ぎないように調整しながらの撮影となった。

フレームに黒い幹があると全体が引き締まってくれる。あまり幹が煩くならないように配置するのがポイントかと思う。

以前は「こんな感じで良いかな」程度に撮影していた時があったが、大分辛抱強く撮影が出来るようになってきた感じがする。構図の位置取り、PLフィルターの微調整、露出や絞りの調整と慎重に行なっている自分に気がついた。

人出も少なく、のどかな雰囲気がそうさせたのかも知れない。

本当は晩秋の趣が撮影したいのだが、秋~冬へと足早に過ぎて行きそうだ。

人間の戦場40年

広河隆一氏の写真は、これまでも他の写真展で拝見する機会は多々あったが、個展とゆう形式で見るのは初めてだと思う。

フォトジャーナリスト/広河隆一氏が取材した40年の軌跡が、会場となった『コニカ・ミノルタ・プラザ』に凝縮されていた。広河氏の存在を知ったのは、『DAYS JAPAN』誌の責任編集者としての顔からでした。現場のフォトジャーナリストというより、編集者としてのイメージが大きかった。チェルノブイリ原子力発電所事故の取材に関しては良く知っていたが、それ以外の、パレスチナ問題やスリーマイル島原子力発電所事故等多岐に渡る取材活動に関してはあまり認識していなかった。

写真展を見ていて思ったのが、各写真に対しての説明文がかなり長いと感じた。これまでも同様の写真展に脚を運んだ事は多々あるが、今回の写真展ほど長くは無かった感じがする。

この長い説明文に関しては、同日開催された広河隆一氏のトークショー『戦争とジャーナリスト』の中でその意味が理解できたかと思う。

トークショウでは、世界報道写真展やピュリッツァ賞、DAYS写真大賞の作品を数点題材にして『報道写真に対するリテラシー』が語られていた。

現場の写真を見て判断しようとすると、とてつもない間違いを犯しかねない。一見、反政府活動への政府の暴挙であったり、人権侵害と見られかねない写真もその真意は別のところにあったりする。

私達視聴者は、より過激写真や映像を求めている。罪の無い子どもや村人が銃撃され傷を負った姿や、自爆テロによって犠牲にあった不条理な死。そんな写真を見ると反政府組織や、テロリストに対する怒りを覚える。その心理を政府が上手く利用する事で自らの残虐行為を正当化したり、煙に巻く事が出来る。

私達は単に写真や報道を見て感嘆するだけではなく、そこに映し出されている現実を読み解く能力が広く求められている。

その手助けを報道写真がしているケースが近年多々あると。残念な事に、そのような写真を権威ある写真展が賞を与え、既成事実としていると。

報道写真は、その1枚で完結しているべきだと思う。フォトジャーナリストは自らが発表した写真に対して責任を持つ事が必要で、その為には長い説明文で誤解の無いようにしないといけないと解釈した。

他の写真展などで広河氏の姿を目にする事は今までもあった。その時の印象は物静かな人物であったが、1時間のトークショウで熱く語る広河氏を見て少し驚いた。DAYS JAPAN誌の編集をする事によって現場に出る時間に制約があるのかもしれないが、それだけに現場に対する思いが色々と鬱積しているのかもしれない。

写真は都合の良い所だけを撮影する事が可能である。余分な部分はフレームから外してしまえばすむ。そんな『偽りの真実』を見抜く力を付けなければならない。

イラク戦争での『自己責任報道』があってから、どうも日本のマスメディアには信頼が置けないから、なお更だ。

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