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優 撮影会

主催:エフ・スタイル  撮影モデル:優  撮影場所:青山周辺(東京)

Img_8602 2008年の撮影会は青山周辺を舞台に優さんでスタートを切った。

気温10度を下回る朝。完全防備で撮影会に挑む。この時季の外での撮影は流石に厳しい。青山周辺での撮影ではあるが、例の如く裏街道が多く日陰での撮影ポイントが重点なので、一層寒さを感じる。

撮影コースが初めてなので、何も予備知識も無い為か序盤は色々苦戦を強いられた感じがする。また、寒さの為動きも緩慢で良いイメージを生むことが出来ずにいた。

今回撮影会の参加者は自分を含めて4人。5人の時は少し撮影間隔が長いと感じるが、4人だと少し短くて慌しく感じる。微妙なところで悩ましい。この辺は自分の方で上手く調節しなければならない。「撮らなければいけない」脅迫観念から開放されれば良いのだろう。自分の撮影順番で「お先ドウゾ」なんて言える余裕があると良いのだろう。

Img_8738_5 今回意外なハプニングがあった。途中昼食時に立ち寄った店舗内での撮影。淡いレトロな雰囲気がある素敵な店内である。先日購入したCarl Zeiss Distagon T* 2/35mmも、元々は室内を撮影した時の写真を観て、その諧調の豊かさに憧れた事もあり、絶好のシチュエーション。

しかし中々難しい。ISO感度を調節してシャッタースピードを稼いだものの手振れ写真が多い。また開放での撮影自体MFでのピント調整が難しい。

室内撮影を想定しておらず全くの”ノープラン”であり時間も限られている。思うような撮影が出来ず引き出しの少なさを露呈した感じだ。

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ロシンアン・ダイアリー/暗殺された女性記者の取材手帳

ロシア人ジャーナリスト/アンナ・ポリトコフスカヤが凶弾に倒れたのは、2006年10月7日。未だに容疑者の特定も出来ていないジャーナリスト暗殺事件であるが、本書を読み続ければその黒幕の姿が浮かび上がってきそうだ。

チェチェン共和国の独立紛争に興味を示しだした頃にアンナ・ポリトコフスカヤの存在を知る事となった。報道される情報の少ない中でアンナは貴重な情報発信源であった。

世界でも有数な過酷な紛争地帯。当初紛争の原因は反政府組織による民族独立紛争の構図を思い描いていたが。アンナがレポートする状況はそれだけでは無い問題の奥深さがあった。親ロシアよりの政府の私兵と反政府を掲げる独立派。双方の境界があいまいになりながら市民生活を襲っていた。

汚職が蔓延り、略奪、暴行、虐殺、レイプがチェチェンには氾濫していた。

プーチン政権の強力な圧力によってチェチェン関連の報道は限られていた。またジャーナリストでさえ命の保障は無く、身代金目的の誘拐の標的になっている。そんな危険な土地にアンナは年間数十回も潜入して報道し続けた。

2007年9月にミャンマー(ビルマ)で凶弾に倒れた、長井健司さん=当時(50)をはじめ昨年(2007年)に取材中に殺害されたり、テロ等に巻き込まれて死亡したジャーナリストは65人の上るそうだ(ニューヨークに本部を置く民間団体「ジャーナリスト保護委員会」(CPJ)より)。彼らの存在が我々に情報を提供してくれる。紛争地からの報道が途絶えたら、いったいそこでは何が横行するのだろう。微力かも知れないが報道には紛争/戦争を止める力があると信じる。ベトナム戦争も現地ベトナムでの米軍の横行やアメリカ軍の多数の犠牲者の報道が「アメリカの撤退」に繋がった。

アンナを失った今、チェチェンの今後が心配される。我々の知らないうちにチェチェン共和国の名が世界地図から消える日がくるかも知れない。

今年(2008年)は、ロシア大統領選挙が行なわれる。三選の出来ないプーチン大統領は、後継者にドミトリー・メドベージェフ第1副首相を指名し、自身は首相に就任する用意があるとの発言からも、”院政”を敷く準備に余念が無い。

アンナ・ポリトコフスカヤなら、どんな言葉で記すだろうか。

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