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未来を写した子どもたち

監督:製作:撮影/Zana Briski(ザナ・ブリスキ)

経済発展が著しいBRICs(ブリックス)にも名を連ねるインド。インドの主要都市でもあるカルカッタには違法な赤線地帯(売春窟)が未だに存在している。映画の冒頭、その赤線地帯を撮影した映像は、かなり粒子が粗く、感度を上げて撮影した感じがした。赤線地帯には電燈も疎らで日中でも外光が届かないような場所なのかもしれない。

そこでは、違法な売春が日夜行なわれているのと同時に、”普通の生活”も営まれている。人生の最期を迎える時もあれば、生命の誕生もある。しかし哀しい事に、そこで生まれた女の子は、何時しか”お客”を取る運命にある。

閉ざされた世界の閉ざされた運命。

ザナ・ブリスキが、赤線地帯を取材対象に選んだのは女性として使命なのだろうか?よくは解らないが、そこで彼女は子どもたちの存在に気がついた。普段は親族からも邪険に扱われ、その存在自体が不確定な子どもたち。

DAYS JAPAN誌の「第二回DAYS国際フォトジャーナリズム大賞」を受賞した、インド人女性フォトグラファー/ルハニ・コール(Ruhani KAUR)の作品で、インドでは「男子誕生の圧力」があることを知った。女児より男児が優遇され、最悪の場合、生まれたばかりの女児は、死産として殺される事もあるとか。元々子ども(特に女児)に対する人権意識が希薄な国なのかもしれない。

そんな状況下の子どもたちに、彼女は”カメラ”を与えて写真を学ばせた。

子どもたちに何を撮らせようとしたのだろう。「夢」、「過酷な現実」それとも、自分が入り込む事が出来ない赤線地帯の「決定的な瞬間」か。

目的は何であれ、彼女は子どもたちの学ぶ意欲に気が付いたのかもしれない。まともな教育を受けるチャンスが無い子どもたちは、現状を抜け出す術を持たない。読み書きが出来なければ、まともな仕事に就ける機会にも恵まれず、何時までも貧困生活を送らなければならない。未だにカースト制度が根強い地方では、最下層に生まれた子どもは最下層で人生を終わらせる。そこから脱出するのは、並大抵の事ではないかのかも知れないが、教育の機会を平等に与えるのは当然な事に思える。

子どもたちが連れ立って、海や動物園へ遠足に行くシーンは素晴らしかった。あらゆる物に興味を示しシャッターを切る子どもたちの笑顔が素敵だ。日本や諸外国の子どもと何一つ変わらない笑顔。

しかし、夜になり家に帰る姿を想像すると切なくなる。

全ての子どもたちを救わなければ、何の意味も無い。でも、1人も救えないよりは、いいだろう。しかし資金面の問題や不理解な親族の問題もあり、彼女の思い通りには進まない事も多々あるようで、そんな状況に彼女自身も苦悩している感じがした。

映画生活(http://www.eigaseikatu.com/title/24268/

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インドのカルカッタ。売春窟で生まれ育った子どもたちのほとんどは、売春窟の中で人生のほとんどを過ごすことになります。そして、女の子の場合、将来は、売春婦になるしかありません。ロンドンからやってきた写真家、ザナ・ブリスキは、インドに来て、売春窟で生活をしながら撮影... [続きを読む]

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