世界報道写真展2009

今年も東京都写真美術館で「世界報道写真展」が開催されています。
年々会場の規模が小さくなっている気がする....

1年が過ぎるのは早いものですが、記憶が薄れるのも早いです。
記憶が薄れると言うより、衝撃的な事件、天変地異を報道した後のケアが殆どされてこないので、人々の記憶から薄れてしまうのかもしれません。

ネットの普及に対抗するように、報道局各社は逸そうLive報道に力を入れているような気がします。
速報性ばかりを重視する事で、事件/事故の当事者が受けた心の傷が見え難くなってしまっているのではと危惧します。

世界報道写真展には、普段報道される事が無い地域や、紛争終結後の地域が写される事が多くあります。
立ち止まって考察するいい機会になります。

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第5回DAYS国際フォトジャーナリズム大賞

今月(5月号)のDAYS JAPAN誌を購入すれば、今回の写真展の作品を観る事が出来るので、新宿コニカミノルタプラザまで足を運ぶ必要があるのかなと思えた。過去の同写真展では、何らかのイベント(広河隆一氏のトークショー)に合わせて観覧に行っていたのだが、今年はそうでは無いのでなお更感じた。

写真展を観終わった感想は、「やはり足を運んで良かった」

大きく引き伸ばされた写真を観てみると、雑誌では感じ得なかった事を沢山感じる。特に写真に写る瞳の中には、恐怖や怒り、悲しみ、諦め、異常にまで抑揚したような眼差しと、雑誌に掲載された写真とは違う迫力を感じる。

”迫力を感じる”と表現してよいのか分からない。もっと冷静に状況を把握しなければいけないのかもしれない。ただ、最近DAYS JAPAN誌を購入して思う事は、創刊号を見た時の衝撃を感じ得なくなってきた自分がいる。創刊号の表紙になった少女の遺体を見た時に感じた物が無い。何か人の死(遺体)にも慣れてきているかのようだ。

瞳に注目した点では、今回の「処分されるペットたち」に写る子犬たちのつぶらな瞳が痛々しく感じた。3匹の子犬が入った小箱には、死刑執行の日付が無造作に張られている(実際に日付を意味しているのかは判らない)

このような内容の写真展を観るのは非常に辛い。

インドや中国の輝かしい経済発展の影に隠れた暗部の様に、光があれば影が存在する。その影とは、人々の心の奥底と同調している。

写真が映し出す”影”に、自らの”影”を感じるのかもしれない。だから極力避けて通りたいと思うのかしれない。

以前、ユニセフの講演を公聴した時に「知らないのは、一番の犯罪である」と言われたモニターの方がいた。

その言葉を今でも忘れないように心掛けている。

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エレベータを降りて地上のドアを開けた時、新宿の喧騒が耳に響いた。

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ジブ・コーレン報道写真展~1000の言葉よりも

006 映画「1000の言葉よりも」の公開に合わせて、ジブ・コーレン報道写真展が開催された。

写真展の会場となったBankART 1929 Yokohamaのホールは、配管が剥き出しになった天井の下、複数の白い板で空間を仕切ってある。

その仕切り壁に作品が掛けられており、通常の写真展でよく見られる閲覧順序を示す矢印が無い。

「御自由にどうぞ」という意味なのか、または、作品の題材となっているイスラエルとパレスチナの混沌とした状態を表しているか...

ニューズ・ウィーク誌等の有名なメディアに数多くの作品を提供しているだけに、見た覚えがある写真もある。

常に最前線の不穏な匂いを嗅ぎつけながら、冷静に画面に納めているといった作品が50点壁を飾っている。

非常にユニークな撮影ポイント(視点)を持った写真が多く、他者とは一線を画する作品たちだなと感じる。

また、国旗や炎など印象的な被写体も随所に散見できる。

ライフルの照準スコープを覗いているイスラエル兵士や、入植地から強制排除される家族の子どもが、排除する側のイスラエル兵士にビスケットを手渡していたりと、少し演出を感じる作品もあるが、それも同じイスラエル人であるジブ・コーレンだからこそ出来るコミュニケーションの末の作品なのかもしれない。

防御壁の壁の一部を倒し、ベット代わりにして寝ているイスラエル兵の姿を写した写真は、何か墓標を思わせる作品になっていたりと、画面の構成力は一流のカメラマンであることを感じる。

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世界報道写真展2008

もう1年が過ぎた。

歳を重ねるごとに時間の経過を早く感じるとか言われるが、それだけでは説明が出来ない。この1年も色々な事件が世界を駆け巡っていた。時間が休む暇を与えない程に世界は廻っている。

世界は常に流動しているのに、まるで時間(とき)が止まったような国々がある。

ジンバブエ。

コロンビア。

イスラエル。

ナイロビ。

コンゴ。

アフガニスタン。

イラク。

世界報道写真展で毎年のように掲載されている撮影地だ。

国を形成する過程で失敗をした国々は、抜け出せないスパイラルに陥ったように流転している。

ゲーリー・ナイト審査委員長の言葉に「最近の応募作品の中には、安易に金になり易い作品が多い」とあった。

誰かの撮った写真を真似たり、撮影地を選んだりして本来フォトジャナーリストの地道な取材活動の末の作品が少ないという事だろう。

そう考えると、上述の撮影地が多くなるのも頷ける。「戦場自体が非日常なので決定的瞬間が多い。」等とも言われる。勿論イラクやアフガニスタンの状況を伝えるのも重要な事ではあるが、それに隠れてしまった国や地域がまだまだ沢山ある事も忘れないようにしなければならない。

一般にアメリカ発の報道しか触れる機会が少ないと、”善悪”の判断が偏る。会場内に居ると正に、「どちらに正義があるのか」解らない。

先日より今橋映子著「フォト・リテラシー」を読み始めており、例年と少し違った角度から写真展を観る事が出来た気がする。

一枚の単写真での「決定的瞬間」だけではなく、組写真での作品にも今回は注目して観る事が出来た。DAYS JAPAN 5月号に掲載された、アドリース・ラティーフ氏の撮った組み写真(DAYS国際フォトジャーナリズム大賞において特別賞を受賞)では、撃たれた直後の長井氏の姿を克明に映し出している。

倒れた長井氏の脇を走り抜けようとする兵士を、必死にビデオカメラを向けて撮影している。自分を撃った兵士を収めようとしているかのようだ。

会場内では長井氏が撮影した映像も上映されていた。

イラクで火傷を負った少年が治療される姿は正視するのが耐え難い。

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地球の上に生きる2008

会場となったコニカミノルタプラザに居ると、世界で起こっているあらゆる問題の中に自身を委ねているようだ。

それは報道写真の枠を越えている。

エネルギー問題を端を発した紛争や混乱、食料問題からくる貧困、女性への暴力、DV(ドメスティック・バイオレンス)、独裁政権による国内紛争、中東の混乱。

映像と違って、写真は音(声)を発しない。

もしも、写真から声が聞こえたら、会場内は悲鳴、怒号、呻き声、泣き声で溢れていただろう。とても耐えられない状況になっていたに違いない。

しかし、壁一面に張り巡らされた写真達は「声無き声」を発している。

その声を聴き取る努力を怠ってはならない。どんなに小さな声でも耳を澄まして聞き漏らしてはいけない。

その声を届けてくれるフォトグラファー達にも感謝しなければならない。彼らは我々の耳となり、目となり世界で起こっている事柄を見届けてくれる。

ビルマ(ミャンマー)で犠牲となった日本人フォトグラファーに哀悼の意を表したい。

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人間の戦場40年

広河隆一氏の写真は、これまでも他の写真展で拝見する機会は多々あったが、個展とゆう形式で見るのは初めてだと思う。

フォトジャーナリスト/広河隆一氏が取材した40年の軌跡が、会場となった『コニカ・ミノルタ・プラザ』に凝縮されていた。広河氏の存在を知ったのは、『DAYS JAPAN』誌の責任編集者としての顔からでした。現場のフォトジャーナリストというより、編集者としてのイメージが大きかった。チェルノブイリ原子力発電所事故の取材に関しては良く知っていたが、それ以外の、パレスチナ問題やスリーマイル島原子力発電所事故等多岐に渡る取材活動に関してはあまり認識していなかった。

写真展を見ていて思ったのが、各写真に対しての説明文がかなり長いと感じた。これまでも同様の写真展に脚を運んだ事は多々あるが、今回の写真展ほど長くは無かった感じがする。

この長い説明文に関しては、同日開催された広河隆一氏のトークショー『戦争とジャーナリスト』の中でその意味が理解できたかと思う。

トークショウでは、世界報道写真展やピュリッツァ賞、DAYS写真大賞の作品を数点題材にして『報道写真に対するリテラシー』が語られていた。

現場の写真を見て判断しようとすると、とてつもない間違いを犯しかねない。一見、反政府活動への政府の暴挙であったり、人権侵害と見られかねない写真もその真意は別のところにあったりする。

私達視聴者は、より過激写真や映像を求めている。罪の無い子どもや村人が銃撃され傷を負った姿や、自爆テロによって犠牲にあった不条理な死。そんな写真を見ると反政府組織や、テロリストに対する怒りを覚える。その心理を政府が上手く利用する事で自らの残虐行為を正当化したり、煙に巻く事が出来る。

私達は単に写真や報道を見て感嘆するだけではなく、そこに映し出されている現実を読み解く能力が広く求められている。

その手助けを報道写真がしているケースが近年多々あると。残念な事に、そのような写真を権威ある写真展が賞を与え、既成事実としていると。

報道写真は、その1枚で完結しているべきだと思う。フォトジャーナリストは自らが発表した写真に対して責任を持つ事が必要で、その為には長い説明文で誤解の無いようにしないといけないと解釈した。

他の写真展などで広河氏の姿を目にする事は今までもあった。その時の印象は物静かな人物であったが、1時間のトークショウで熱く語る広河氏を見て少し驚いた。DAYS JAPAN誌の編集をする事によって現場に出る時間に制約があるのかもしれないが、それだけに現場に対する思いが色々と鬱積しているのかもしれない。

写真は都合の良い所だけを撮影する事が可能である。余分な部分はフレームから外してしまえばすむ。そんな『偽りの真実』を見抜く力を付けなければならない。

イラク戦争での『自己責任報道』があってから、どうも日本のマスメディアには信頼が置けないから、なお更だ。

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アンリ・カルティエ=ブレッソン しられざる全貌

Img_6642_3 東京国立近代美術館で「アンリ・カルティエ=ブレッソン しられざる全貌」展を観てきました。

朝から台風の影響で雨脚の激しい日でしたので空いているかなと思ったのですが、そんな事は無かったです。またあらゆる年代の方が多数足をを運んでいたのも興味深いです。色々な世代に影響を与えたフォトグラファーなのだと改めて関心しました。

アンリ・カルティエ=ブレッソンを知ったのは、気鋭のジャーナリスト集団マグナム・フォトの存在と共に彼の作品を観る機会があったからです。アンリ・カルティエ=ブレッソンの作品と言えば、完璧なまでの構図と、決定的瞬間をイメージしていたのですが、本展示でそれ以外の一面にも多数触れる事が出来ました。

動乱のヨーロッパや南米、アジア各国に日本と世界中を旅して撮影した作品が多く展示され、ジャーナリストとしての顔も伺う事が出来たのも新鮮でした。

Img_6648_2作品に顔を近ずけて細部まで観察するより、少し離れた位置から作品全体を見ると、目線が奥に誘われるようなその構図の素晴らしさに心引かれます。

自分もポートレート撮影をするが、「もしこの構図であったら何処にモデルを配置するか」とか、「同じようなシチュエーションの時に自分はどう撮影していたか」などと考えながら鑑賞していたが、一番の問題は、その構図に自分が気がついているのかどうかとゆう事。結構気がつかずに見過ごしている場面が多いのでは無いかと思えてきた。

現代の東京の街並みと比べて当時の欧州の街並みは、多様性に富んだ複雑な顔を持っているのも面白く観る事が出来た。

毎日出会っている街並みを幾何学的に見つめる事が出来たら、どんな新しい世界を見る事が出来るのだろうか。

*本文と掲載されている写真は関係ありません。筆者が撮影した雨の東京です。

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世界報道写真展2007

「世界報道写真展2007」 を観て来ました。

日本でも格差の広がりが懸念されている昨今ですが、今回の「世界報道写真展2007」の作品にも、格差が色濃く表れている作品が多数ありました。

イスラエルによるレバノン全土への空爆後の荒れた街並みを、オープンカーに乗って訪れる若者達を写した作品があった。イラクにしても、パレスチナやその他沢山の紛争地で国外に避難出来るのは裕福な人達が殆どだと聞きます。逃げる術を持たない貧困層が戦闘の犠牲になってしまう。幼い子供や障害を持つ人達もしかりだ。小さな棺が沢山並んでいる作品には絶句した。

イスラエルの警備隊に素手で立ち向かう入植地の女性を写した作品。

一見すると無駄な抵抗のようで可笑しくなるが、もし自分が同じ立場にいたらと思うと笑えない。入植自体が間違った政策だと思うが、そこに生活の拠点を築いた人達が、政府の都合によって立ち退かされるも不幸な事。

イラク治安部隊の家宅捜査が終わるのを隣の部屋で待つ姿を写した作品。

イラク治安部隊が行なっている”掃討作戦”という名の人権侵害。突如自宅に外国人(アメリカ兵)が銃を持って訪れ家財道具一式を全てひっくり返し、抵抗しようものなら銃底で殴られる。そんなの事の繰り返しで果たして住民との間に友好関係など築けるのだろうか。

ハマスやヒズボラの行なっている事が正しいとは思わないが、ではイスラエルやアメリカ合衆国が行なっている事はどうなのだろう。会場内で、イスラエルによるレバノン全土への空爆後を撮影した短編のドキュメンタリーフィルムの上映がされていた。そこに映し出された火傷を負った少女の姿を見ると、どちらに正義があるのか解らなくなってくる。

人はこの世に生を受けたその時から、等しく生存する権利を有している。それを奪う事など誰の手にも出来ない。しかし戦争で親や子、兄弟、親族を奪われた人々の怒りや憎しみは、次の怒りや憎しみを産んでいる。

”憎しみの連鎖”を断ち切る術を我々人間は持ち合わせているのだろうか。

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野町和嘉『イスラーム』巡礼

最近の新聞、テレビ等の報道で毎日のように登場する『イスラム教』

あまりにも負のイメージばかりが先行している感があるが、果たしてイスラム教とはそれ程まで邪悪な宗教なのだろか。

野町和嘉氏が2000年より取材を重ねた本写真展を見ることによりその答えを垣間見ることが出来るかも知れない。

イスラム教徒なら一生に一度は訪れる事が義務でありまた夢でもある『メッカ巡礼』と、イスラム教シーア派独特の『イマーム廟巡礼』が今回のテーマ。

メッカ巡礼の作品は、秩序と無秩序が混在している様に見える。

メッカに到着した巡礼者が最初に行うのは、カーバ神殿の周りを7周(急ぎ足で4周、ゆっくり3周)する。その光景を写した写真では、可也シャッタースピード遅くしたもので、カーバ神殿を回る人々が線のように写し出されているのに対して、周回する信者の周りには少しのブレも無く写っている信者たちが沢山いる。すなわち彼らは全くと言ってよいほど動かずカーバ神殿を拝んでいる事になる。

毎回、圧死者が後を絶たない『悪魔払いの石投げ』に殺到する信者たちや、聖山アラファト(2004年に死去したパレスチナ暫定自治政府議長ヤセール・アラファト(本名:ムハンマド・アブドゥッラウフ・アル=クドゥワ・アル=フサイニー )は、このメッカ巡礼地の聖なる山の名をとったのだろう)に向かう巡礼者の列には車と人で溢れている。バスは巡礼者を描き分けるように進み、バスの上にも巡礼者で溢れている。

ここには秩序など存在していない。

それに対して、モスクで礼拝する信者たちは、まるで米粒を一つ一つ並べたのかと思うくらいに秩序正しく整列している。そしてメッカに到着し感極まったのか若者が涙している。

この違いは何なのだろうか?

無秩序の中には壮大な”力”を感じ、秩序(モスク)の中には繊細な姿を見る事が出来る。無秩序の持つ”力”には、神を信じて進む純真な気持も感じるがその”力”を不当に利用する別の”力”(神の名を語る悪魔)が今のイスラムに感じる”恐怖”を生み出している。

世の中全てに共通する事かも知れないが、一握りの悪魔をみてそれが全てだと短絡的に考えるのは間違い。これはイスラム教に限った事ではなく、ユダヤ教にしてもキリスト教にしても、勿論仏教にしても同じこと。

武蔵野市立吉祥寺美術館(http://www.musashino-culture.or.jp/a_museum/)の中の静寂とそれに対比するかのような吉祥寺の街の喧騒さは、まさにモスクの中と外のようだ。

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世界の戦場から

War 世界各地の紛争地帯で活動している日本人ジャーナリストたちの作品を集めた写真展。過去にDAYS JAPAN誌にも掲載された作品も数多く見受けられた。これだけの数の日本人フォト・ジャーナリストの作品を一度に見る機会も中々無い。

今私たちが報道によって伝えられている事は正しい事なのでしょうか。

イラク、レバノン、パレスチナ、チェチェン、今そこで行われている事が私たちに正しく伝えられているのでしょうか。体制側に偏った報道がされているのではないか。

写真展を通して戦場で生きる人たちの姿を見ると報道に対する疑念は増すばかり。

戦争の犠牲になる事とは、その戦争を一生背負って生きる事。その声も届けてもらいたい。

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世界報道写真50周年記念展

半世紀、長い年月のような気がする。

しかし、そこに写し出されている世界は、現在私たちが生きている時代となんら変わる事のない世界が写っていた。報道写真の歴史は、戦争の歴史でもないだろうか。報道写真家(特に戦場のフォトグラファー(Warphotographer)) が活躍しているという事は、世界のどこかで戦争・国際紛争がいつも行われていた事の証。

戦争だけではなく、飢餓や貧困、人種差別と報道のネタには事欠かない。それが今現在も続いている。この先半世紀も続いて行く事だろう。

映像文化が多岐に渡る今の世界においても、写真の持つ力はまだまだ衰えていないだろう。

セバスチャン・サルガドの写真を見た時の衝撃は今でも忘れられない。聖書の世界を再現するかの様な作品の数々に触れ、思わず「美しい」と思った。しかしそこに写し出されていたのは、貧困に苦しむ親子の姿。「美しい」と思った自分の無知さを恥ずかしく感じ、その後の世界観が大きく変わった事を自覚できる瞬間であった。

戦争の悲惨な現場に立ち会っているかの如く、ジェームズ・ナクトウェイの写真に見入る。

彼らの写真は、私たちを知らない世界に誘ってくれる。自分の生きている社会だけが全てでは無い事を教えてくれる。

しかし、彼らフォトグラファーたちは、何故その現場に居たのだろう。

何をもって”決定的瞬間”と言うかは、フォトグラファー個々で違うだろう。しかし彼らは常人とは違う嗅覚を持っているのか、吸い寄せられるようにその現場に立会いシャッターを切っている。

まるで人間の英知を遥かに超える力によって導かれ、その場に立ち会う事を許されたかのように・・・

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世界報道写真展2006

世界報道写真展に行き始めたのは、2001年9月11日後に開催された時からだと記憶している(世界報道写真展2002だったと思う)。会場を周っていると気が重くなり何度も休憩しながら見終え、外の空気が非常に新鮮だった。

あれから毎年、会場を訪れるようになった。

Wpp2006_001_1 大賞に選ばれた写真をはじめ、どの作品も「今の世界」を映し出している。

アメリカ・ニューオリンズのハリケーン被害、インド・カシミール地方の地震被害、イギリスの地下鉄テロ事件、インドネシア・アチェ州の津波被害etc、と何か遠い昔の出来事のように感じるが、全て現在進行形の問題である。

毎日の新しいニュースによって塗り重ねられる記憶のため、全てが解決したように感じてしまう。

今回の作品で目を引いたのは、ダイヤモンドの露天掘りの現場と宝飾店でそのダイヤモンドを購入している人たちの写真が対比して並べられていた作品。いかにも「今の世界」を写しだしている。アンゴラ、シオラレオネ、コンゴ民主共和国、リベリアなどのダイヤモンド原産地はその利権を巡って政情不安に陥っている。別にダイヤモンドの不買運動を起こす気は無いが、原産地の情勢にも少しは興味を持ってもらいたい。「ダイヤモンドの輝きは永遠の輝き」などと言ったテレビCMもあったが、原産地の人たちの苦しみが永遠に続く事ならないようにしなければならない。

ガテマラで一家総出で農作業をする少女(7歳)の写真。農作物を売る国家が得る収入の何100分の一を彼女の家族は得るのだろうか。ダイヤモンドにしても、農作物にしても不当に取引された利益で懐が潤う人間たちがこの世界には沢山いる。

市民を足蹴にする兵隊。軍隊は何を守る為に存在しているのだろうか。そして、ダンボールの棺に入れられ埋葬される少年の写真。彼は暴動の犠牲にあったようだ。その清らかな魂を葬るには、あまりにも粗末な棺に呆然とした。

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地球の上に生きる2006

DAYS JAPANフォトジャーナリズム写真展「地球の上に生きる2006」を、新宿コニカミノルタプラザで拝見してきました。

DAYS JAPAN誌に掲載された沢山の写真から、DAYS国際フォトジャーナリズム大賞を受賞した作品が見られる数少ない機会です。また、今回は池田香代子氏(翻訳家)によるトークショー(広河隆一氏との対談)も開催され参加する事も出来ました。

会場に展示されている写真は、DAYS JAPAN誌で既に目にしている作品ばかりではあるが、大きく引き伸ばされたそれらの作品には改めて圧倒される”力”を感じる。特に大賞を受賞した作品、「インド 男子誕生の圧力の影で」ルハニ・コール(Ruhani KAUR)の作品は他を圧倒するものがある。

ルハニ・コール(フォトジャーナリスト)は、インド・パンジャブ州に生まれた女性である。祖国の現状を取り上げ国際社会に訴える事はかなり勇気のいった事ではないかと思います。彼女を突き動かした”何か”を感じたい思いで作品に見入ってしまいました。

彼女は女性でありながらフォトグラファーとして活躍(イギリスのウェールズ大学で経済学の学士号と修士号を取得している)出来ている事を考えると、裕福な家系に生まれる事が出来たのではないかと思う。しかしながら祖国・インドには、女性として生まれたがために差別され虐げられた生活を送る事を余儀なくされた人たちが沢山いる事を国際社会に訴えるべくシャターを押したのであろう。

トークショーでは池田香代子氏が著書「世界がもし100人の村だったら」の話をしてくれた。その話を聞いていると自分が恵まれた側の人間であった事を改めて認識させてくれた。小学/中学/高校も卒業したし、読み書きも出来る。仕事もあるし住む家ある。病気になれば医者にも行ける。

しかし世界の大半の人たちは自分と同じ側にはいない。私たちの社会はそうゆう現実を知らずに生きる事も出来るようになっている。メディアはすべての事を伝えているのでは無い。伝えていないものを見る力(想像力)を養わなければ、悲惨なドキュメンタリーを見て一過性の涙を流す事しかできない。涙は明日になれば乾いてしまっているだろう。

DAYS JAPAN誌を創刊号から毎月見ているが、ページを捲るのに非常に精神力を必要とする。どのページを見ても悲しみしか掲載されていない。それでも見続ける必要があるのだろう。いつの日か涙を流さなくてよい世界が訪れる事を願いながら。

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子ども 戦世(いくさよ)のなかで

大石芳野さんの写真展を拝見してきました。

大石芳野さんの作品は、DAYS JAPAN誌に掲載された作品を過去に数点見たことがあった。作品展を拝見するのは初めてである。

ベトナム、カンボジア、ラオス、コソボ、アフガニスタン、チェルノブイリの戦後(チェルノブイリは放射能事故)を生きる子どもたちに焦点を当てた作品が展示されていた。

戦闘そのものを写した写真ではないが、子どもたちの悲しいまなざしが、その戦闘の激しさを余計に物語っている。素直な子どもたちだからこそ、その瞳に全てが素直に映っている。

そんな子供たちを写す大石芳野さんも、純粋な気持ちの持ち主なのだろう。単に平和を願う気持ち以上の何かを感じる作品達だ。

戦闘で被害を受けるのは必ず弱者である子どもたちで、彼ら(彼女)はその先もずっと、戦闘の記憶を持ちながら一生を送る。子どもたちが受けた心の傷は癒される時が来るのだろうか。

父親を殺された記憶が蘇り学校の教室で泣くコソボの少年、彼はいつか笑顔を取り戻す時がくるのだろうか。

アフガニスタンの少年は、そのカサつきひび割れた老人のような手に、いつか希望や夢を掴む事が出来るのだろうか。

ベトナムの障害を持った子供たちの顔は、皆笑顔の様に見えるけど、彼らの心の奥底も笑顔を見せているのだろうか。

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忘れ去られた戦争

国境なき医師団日本主催の写真展「コンゴ民主共和国:忘れ去られた戦争」を見てきた。写真展の作品を見るに先立って、「コンゴ:人質にされた平和」のフィルムを鑑賞する事が出来た。

2002年の和平合意と共に内戦が終結したコンゴ民主共和国。しかしその長かった内戦の為、国そのものが疲弊しきっており、復興するにはまだまだ長い時間を必要とするような映像であった。

政府軍と民兵の対立の間には、沢山の村人たちが存在する。彼らは、衣食住全てを奪い取られ、村を焼かれる。内戦のさなか、人の醜い部分の全てが集結されたような状態に陥っている。一般市民を狙った、暴力や殺戮、レイプが依然として横行している。彼らは村や家族を失った上に、人としての尊厳すら奪い取られてしまう。人はそれ程までに、無慈悲になる事が出来るのかと考えさせらる映像が流れる・・・

和平合意とは名ばかりで、未だに戦闘が起きている地域が残っている。

避難民キャンプは既に定員オーバーの状態で、むき出しのコンクリートの床に、布一枚で仕切られた空間で暮らさなければならない。極端な貧困と医療施設の欠落。そんな状況下では、病気も蔓延する。

戦争と同じで、病気は弱いものから襲い掛かる。乳幼児は極度の栄養失調で命を落とす。マラリアや呼吸器系疾患、コレラなど、日本でなら予防や治療可能な病気でも・・・。衛生状態が極度に悪化している地域では、清潔な水で薬すら飲めない状態だそうだ。それどころか、薬そのものが行き渡っていない。

ジェームズ・ナクトウェイの作品が数点あった。全てモノクロ写真。モノクロで情報量を抑える事によって、問題の本質を捉え易くなる。カラーであったら見るのがやっとで、本質を考えるのが辛くなる。

以前、セバスチャン・サルガドの作品を偶然目にした時、直感的に「美しい」と思った。真っ青な空に真っ白な大地、そして褐色の肌。しかし、そこに写し出されているのは、ひび割れた大地を歩くソマリアの難民の親子。「美しい」と感じた自分に罪悪感を覚え、それが、このような問題に目を向け始める事となった。サルガドの作品は皆、一見すると美しいが本質は悲惨な現実が映し出されている。

写真の持つ力で、多くの人が関心を持つ事を願う。

コンゴ民主共和国のように「忘れ去られた」国が世界には他にも存在する。そこには、平和を願いながらも奪われる命がある。平和を願うことは容易だが、それを実現するのは途方も無いくらい難しい。

なぜなら、平和を願わない人間もいるから・・・

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”ベトナム” そこは、戦場だった。

「発掘された不滅の記録 1954-1975 VIET NAM(ベトナム) そこは、戦場だった。」

ベトナム戦争の写真展を観に、東京都写真美術館まで行ってきました。

ロバート・キャパ等の写真展で、ベトナム戦争の写真自体は、過去に観た事はあった。

しかし、今回の写真展「発掘された不滅の記録 1954-1975 VIET NAM(ベトナム) そこは、戦場だった。」は、それまで認識していたベトナム戦争とは様相が違う写真を数多く観る事ができた。

ベトナム戦争というと、米軍vsベトナム解放戦線、なんて単純な構図しか思い出せなかったが、この写真展では、女性や年寄りが銃を握る姿が、沢山写し出されていた。

ベトナムの人々は、先祖の霊は大地に宿ると考えているというのを、聞いた事がある。あの戦争は、生まれ故郷を守る為、先祖が眠る神聖なる土地を守る為の戦いだったのだろう。

また、恐怖や憎悪も写し出されている。

20前後と思われる米兵が、年端もいかない子供に銃を向け、自分の母親や祖母とも変わらない年齢の女性にも銃を向ける・・・。「これが戦争だ」と言うのは簡単だけれど、胸が詰まる思いである。

30年経った現在では、イラクで同じ光景が日々繰り返されているのだろう。ベトナム戦争を通して、現在のイラクを見なければいけないのではないかと思う。

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