人と自然の関係は、複雑です。

神奈川花の100選にも選ばれている「浄徳院」近くの菖蒲園へ行って来ました.....

道すがら浄徳院の場所を尋ねたところ「菖蒲園は手入れをしていないみたいだよ」と言われ、不安になりましたが折角来たのだからと思い行ってみることに。

浄徳院を過ぎ、林を分け入る小道を暫く歩くと

「無残」

数株の菖蒲が残っているだけで、傍らの御堂らしき建物もボロボロでした。
夜には蛍祭りをやっているそうですが、幽霊でも出て来てもおかしくない雰囲気です。

人が手を加えて美しくした自然(光景)は、永遠に人の手を必要とするのでしょうかね?
人は自然に係わり合いを持つべきでは無いのでしょうか?

複雑ですね 。

ユニセフ・シンポジウム「取り残される子どもたち」

日時:2007年11月19日(月) 18:30~21:00

会場:よみうりホール(有楽町)

ユニセフ(国際児童基金)シンポジウムに参加してきました。

ユニセフのシンポジウムには、2004年5月に「積み残された子どもたち」と題したシンポジウムに参加して以来2度目となる。

会場には、中高生と思われる生徒から年配の方まで幅広く来場し満席の状態。「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」が国連総会で採択されてから18年目を迎える今年、色々な世代の人が同じ問題について考える良い機会を設けてもらった。

最初に驚いたのが、「児童の権利に関する条約」を日本が承認してから13年しか経っていないとゆうこと。採択当初から承認しているのかと思いきや少し残念な気持になった。最近でこそ、北朝鮮による拉致事件などで、人権侵害問題が公に議論されるが、残念な事に世界的には日本における人権侵害意識はかなり低いらしい。アムネスティ・インターナショナルの評価もあまり良くなかった記憶がある。

未だにアジア各国に対する、売春ツアーが横行していたり、インターネットでの児童ポルノの発信源は以外にも日本がその中核をなしているとゆう話も耳にする。

世界的に問題となってる、児童兵士や児童労働などは流石に日本国内では起きていない。逆にそれが日本国内での問題意識の欠落に繋がっているような気がする。

「子どもの権利条約」によって各国は、児童兵士、児童労働、児童ポルノ、児童買春などに対して法制化して厳しく取り締まる事が求められるが、着実に制度として履行しているかを監視する役目が我々にはある。その監視する立場にある”大人”が問題に対して無関心では話にならない。

子どもにも自信の権利「子どもの権利条約」について認識していてくれなければ意味が無い。その権利がある事を知らなければ行使することが出来ない。しかし日本の教育現場では、なかなか伝える事が出来ていないらしい。

残念な事に”出来ない”のでは無くて、”伝えない”というのが現状だそうだ。学校側としては教育現場を不用意に混乱させたくない気持が働いているとゆう。

シンポジウムの場を通して、子どもたちに伝えて行くのも意義深いが、シンポジウム来場するのは、多少なりとも問題意識がある人達であり、無関心の人はそもそもこのシンポジウムの存在する知らないであろう。

また、世界にはマスコミ報道が未発達であったり、識字率の低い国や地域がまだまだ沢山ある。その国(地域)の人たちを如何に助けてゆくのかも問題だ。そのような国(地域)の子どもたちが、一番被害や搾取にあっている。

グローバル化の潮流は、富める国と貧しい国を生み出した。富める国の中にも、急激な経済発展を遂げた、インドや中国のように国内格差の問題が内紛している。

インドにおいては、18歳以下の人口4億5000万人のうち、小学校に通えるのは25%程度しかおらず、50%は極度に栄養不良な状態の子ども。児童労働においては世界1の数に達している。

グローバル化の恩恵を受けて成長してきた日本や欧米各国は、取り残された国(地域)に対する責任が発生していると思う。

今回のシンポジウムのテーマは、決して子どもに特化したテーマでは無いと思えた。日本には、”大人”と”子ども”を分ける儀式(成人式)があるが、本来は区別するのは変な話で、この世に生を受けた瞬間から一人の人間である。一人の人間の人権として問題を見るべき事だと思えた。

”大人”が嫌がる事は、”子ども”も嫌に決まっている。ましてやそれを力で強要したり搾取する行為は違法以外の何もでもない。

紫陽花(神代植物公園)

梅雨を表す代名詞的な”紫陽花”を撮影すべく、東京都神代植物公園に行って来ました。

昨夜から降り続いた雨が今朝方止んだ模様で、雨露が紫陽花に残っているのを期待しつつ開園(9:30)直前に神代植物公園に到着した。

入園と同時に雨がポツリポツリと降り出し、空には暗雲が広がり始めていたので、已む無く温室に逃げ込み雨宿りする事にした。天気予報では「一時強く降る事もある」と報じていたので待つこととしたが、雷鳴が轟き一向に止む気配が無いまま4時間程が経過。

自然相手の撮影は、気長に”その時”を待つことも大事ですね。

Img_6108_2 13:00過ぎに空は泣き止んでくれました。紫陽花に雨粒と最高のシチュエーションを用意してくれたのですが、撮影するのは難しい。雫の形状をはっきりさせるには、ある程度絞り込まなければいけないが、そうするとシャッタースピードが稼げない。カメラは三脚で固定しているが、被写体は少しの風でも揺らいでしまい被写体ブレが起きる。

EOS 5DはISO感度を上げてもノイズが出にくいので、思い切ってISO800まで上げて撮影する事とした。露出は少しアンダー(-2/3)気味にした方が雰囲気が出ていると思う。

カメラを始めたばかりの頃は、”撮影時は晴天でなければダメ”的な考えがあったが、今日の紫陽花の表情を見ていると被写体にはそれぞれ似合う天候があるのだと思えてきた。この時季(梅雨)の花は少しローキー調に仕上げてあげる方が向いている気がする。

Img_6177_1閉演近くには、雷雨が嘘のように日が射し始めてきた。

ガクアジサイの花びらにしべを映しこめる位置を選び撮影する事にした。背景にも気を使い、雨露が上手く反射している様な場所をフレーミング出来たと思う。

ガクアジサイは花びらとしべの位置が開いているので被写体としては通常の紫陽花より面白い。

神代植物公園には色々な種類と色の紫陽花が咲いていて撮影するのにも飽きる事が無い。

Img_6171  TAMRON 90mmマクロを使用して初めて花の撮影をしたが色々課題の残る。

被写体の何処にピントを合わせるか?

何処を切り取るか?

露出はハイキー調が良いのか、ローキー調にすべきか?

特に背景の処理にもっと気お使わなければいけないだろう。殆どの撮影は絞り開放(雨粒の雫以外)で撮影していたが、綺麗にボケる背景を狙わなければ、ただ五月蝿いだけの背景になってしまう。

くりはま 花の国

Img_5572_1横浜近郊で見頃を迎えた草花を撮影出来るロケーションを探していると、横須賀/久里浜にある「くりはま 花の国」がヒットした。

25℃を上回る晴天。初夏を思わせる陽気。入園門をくぐると目の前にポピーの丘か広がる。

以前、立花隆著「臨死体験」を読んだ時、臨死体験談の中に必ず登場する場面に”お花畑”の件がある。「それってこんな所?」と思わせる様な風景が眼前に広がった。GW期間中の割には意外と人出も少なく落ち着いて撮影するには申し分ない。

Img_5565_1 ポピーにも色々種類があるのを知った。

赤い色の”シャーレー・ポピー”。

シャーレー・ポピーは咲き始めらしく、少し疎らな感じがしたが、赤く染まり始めた蕾が愛らしさを感じさせる。

Img_5606_2 見頃を迎えていたのが、オレンジや白い花をつける”カリフォルニア・ポピー”。

丘の斜面に咲いているので、必要以上に下から煽ることなく透過光になってくれるのも嬉しい。オレンジの色が画面全体にボケる位置を探しながらの撮影となった。プラス側に露出補正をしながら数枚撮影したが、思い切って+1.0した写真が見た目のイメージを一番再現していたと思える。

Img_5559_1

ピントの位置を少し違う花に合わせて撮影しておけば良かったかなと帰宅後に写真をチェックしていて感じた。それによって色々なパターンの作品が生まれていたかもしないと思うと悔やまれる。

”くりはま 花の国”は、他にも薄水色をしたネモフィラやハーブ類も花を付けていた。

Img_5581 星形の可愛い花をつけた”ボリジ”。

70-200mmレンズの望遠側で最大に近ずいて撮影したが、やはりマクロ・レンズが欲しいところだ。透過光で輝く綿毛を撮影したどんなだろうと思いを馳せながら、撮影をしていた。

マクロ・レンズの購入時期が早まるかも知れない。

近場の撮影ポイントを押さえておくのはフットワークも軽くなるので、良い場所を見つけた。

権現堂堤

Img_5215_1 先日、NHKのローカル・ニュースを見ていると、幸手市(埼玉県)/権現堂堤の桜の映像が流れた。桜と菜の花の見事なグラデーションに歓喜し、早速撮影に赴いた。

2~3日前に桜が見頃を迎えておりタイミングとしては申し分ない。

朝7:00前に出発し、幸手駅から臨時バスを乗り継ぎ10:00前に到着した。

バスを降り立った瞬間から、蜂蜜の中に潜ったような濃厚な菜の花の匂いに包まれる。桜の並木と前面に広がる菜の花畑、北野たけし監督の映画「dolls」のロケ地にも使われた権現堂堤は、映画のスクリーンに似合いそうな場所です。

Img_5248 朝のうちは、人出もまだ少なく広角レンズを使っての撮影を行ないました。EF 24-105mmの広角側で広い菜の花畑を大きく取り入れるように構図を考え撮影していった。日も射す天候であるが、雲が多いのが少し気がかりなので、白飛びしない程度に露出を変えて同じ構図で3枚ほど撮影する事を忘れないようにした。

一回りをしたところで、今度は構図を少し変え、三脚の高さを調整し、カメラ位置を下げて撮影してみる事にした。

レンズは、EF 70-200mm の望遠側で菜の花が前ボケになる位置を探し三脚を据え、柔らかい雰囲気を演出してみた。

Img_5241 土手の斜面に三脚を据えての撮影をしてみたりと色々と構図を変えながら撮影をしていた。昨年まではEF 24-105mmのみを使用しての撮影だったので作品が単調になりがちであったが、今年からはEF70-200mmを購入した事で作品に広がりが出来てきた。

両レンズとも絞りがF4からであるが、構図に気おつけてあげる事で十分にボケも得られるので不満は無い。

Img_5237_1桜と菜の花、主役と脇役をどちらに据えるか悩ましい。

最後の写真は、映画のセットなようなポイントで撮影。

春爛漫

Img_5002_2 桜が開花してから暖かい日が続いたので、週末には都内の桜も満開になった。

この時季に桜を撮影しない自称”カメラマン”が、この日本に居るのだろうか?その例に漏れず、自分も新宿御苑に桜を撮影しに行ってきた。

昨年は少し出遅れた感があり、新宿御苑に到着したときには、長蛇の列が出来ていた。その反省もあり、今年は開園30分前に到着するように早出して来た。

8:30分に新宿御苑の新宿門に到着した。既にかなりの列が形成されつつあったが、この時期の新宿御苑は、臨時入場口が開門される。そちらに周ってみると案の定5~6人程が開門を待っている程度だった。

開門と同時に花見客が一斉に走り出し、目ぼしい桜の木の下にブルーシートを広げてしまう。その後も続々と花見客が押し寄せるので、撮影は開門から1時間程が勝負になるだろう。撮影構図やポイントも人がいない所を狙おうとすると、池に向かって撮影するなど限定される。もしくは空間を切り取るような構図になってしまう。

先日購入した、EF70-200mm F4 IS USMを使用しての撮影に終始する事にした。望遠レンズの圧縮効果を利用し、桜が重なり合うようなポイントを探しての撮影になった。出来れば違う色の桜が重なってくれると良かったのだが中々見つける事が出来なかったのが残念。

毎年桜を撮影しているが、思い通りの作品に仕上がらない。見た目の感動や美しさを写真に残す事が出来ない。桜ばかりに目を囚われずに、”桜のある風景”が目標だ。 

冬の景色 夕日の滝

「夕日の滝」を撮影するために、神奈川県南足柄赴く。

Img_4641 昨年の暮れ、富士フォトサロンで開催された「四季の彩り」展を鑑賞した時に、出展作品の中に凍結した滝の作品があった。その出展目録に「夕日の滝」を見つけた。意外と近場にも撮影ポイントがあるものだと思い、是非凍結する時季に行きたいものだとチャンスを伺っていた。

暦の上では春を迎える立春(2月4日)は、一年でも一番寒い時期だとゆう。例年では、この時季の「夕日の滝」は全面凍結していると、現地で撮影をしていたカメラマンの方が言っていたが、今年は暖冬の影響なのか、一部が凍結しているのみであった。

氷柱の出来具合も少し貧弱な感じが否めない。

滝の頂部分から日が注ぐ感じになるため、現場は比較的薄暗く感じる。その為か空気が冷たく透明感を醸し出していた。

冬場は水量が少ないせいと、部分凍結をしている関係であまり滝の激しさを感じない。夏場はかなりの水量を誇り、水面近くでは水飛沫を浴びるほどだそうだ。

朝から昼前まで撮影をしていたが、時より訪れる他の撮影者の方と話していると、色々な情報に恵まれる。まだまだ、カメラ雑誌から情報を得て撮影地を決めることが多い自分としては、貴重な生の情報を得る事が次の撮影に繋がる。

最近は現地で他の撮影者とコミュニケーションをとれるようになってきたのは、撮影に少し余裕が持ててきたからかも知れない。以前は「少ない時間でとにかく多くの写真を」とゆう感じであったが、最近は撮影をする前に色々な角度から見る事が出来るようになってきた。単に風景写真を撮影するのではなく、そこに宿る生命を表現したい。そのためには被写体をよく観察しないといけない。Img_4650

今回初めて、「EF70-200mm F4L IS USM」を使用した。かなり絞った状態での撮影になったが、非常にシャープに写ってくれた。それに軽いので持ち運びにも苦にならないのが嬉しい。夏になったら丹沢へ撮影登山を計画しているので機材の重量は少しでも軽い方が嬉しい。

デジタル・カメラでの風景写真に難色を示す方がいる。実際風景写真の写真展などを見たときも、中判カメラの描写力には脱帽するが、シャープに写るデジタルだからこそ冬場の澄み切った空気感を上手く表現する事が出来るのではないかと思う。

環境破壊によって、少しずつ季節感が変わってきているのか冬場にあるべき色(彩)が無くなりつつあるように感じる。

京都 晩秋から初冬へ

観光客で賑わう紅葉シーズンを外し、落葉を撮影したく12月に京都に行く事を決めた。風景写真系の雑誌やインターネットを利用して撮影ポイントを幾つかピックアップ。調べてゆくうちに、西山浄土宗総本山 光明寺(http://www.komyo-ji.com/)の参道の写真に強く引かれ、光明寺を中心に今回の撮影を行う事に決めた。

12月8日(金)。早朝の新幹線で一路京都へ。

天気予報を見る限り週末は雨模様。京都に到着するもやはり曇り空。

京都駅より嵐山/嵯峨野方面の市バスに乗車して50分程の「嵯峨釈迦堂前」で下車。最初の目的地、奥嵯峨「祇王寺」へ。

_img_3814_1  広くは無い中庭。緑の苔の上に落葉が敷き詰められている。しかし残念ながら葉が落ちきった後といった感じであった。前日から降った雨で落ち葉も濡れてしまい少し重く感じる。

地面の葉の色は、すでに朽ち葉色(赤朽ち葉、黄朽ち葉)になりつつある。紅葉の鮮やかな赤色や黄色も秋を代表する彩りだが、朽ち葉色も秋をイメージする彩り。少し撮影前のイメージとずれてしまったが、良い彩りが撮影できた。

祇王寺の中庭の周りを小道が回っているが、紅葉シーズンでは落ち着いて撮影するのは難しいだろう。人影を入れずに撮影するのも無理だろう。今回は時季をずらし、平日の早い時間(10時くらい)なので人もまばら(2人ほど先に撮影していた方がいた)でゆっくり撮影する事ができた。

昼前には観光客が拝観し始めてきたのを合図に祇王寺を後にした。

嵐山から阪急嵐山線に乗り30分程で、長岡天神駅へ到着。駅前よりバスに乗車し10分程、光明寺に到着。

当初は、光明寺の撮影は翌日(9日/土曜日)の早朝に予定していたが、9日は朝から雨が予想されていた為、8日の撮影に変更した。

_img_3858 今回の撮影旅行を計画した切欠の参道からの眺め。祇王寺同様、落葉の具合が進行し過ぎている感じがする。本来なら綺麗な紅葉のトンネルが見れるそうだ。

近年の光明寺は、9時からしか入山できないらしく、朝日に輝く参道は残念ながら撮影する事が出来ないらしい。これも撮影者のマナーの悪さが関係しているのであれば残念な事だ。

12月9日(土)。一理の望みを掛けて6時に起床。しかし外は未明から降りだした雨。また布団に潜り込む。

少し雨脚が弱くなってきたので、9時頃ホテルをチェックアウトし最後の目的地、京都の洛西、大原野神社へ赴く事に。

長岡天神駅より阪急京都線に乗り、阪急東向日駅へ。駅より阪急バスに乗り換え20分程乗車し、南春日町で下車すると小雨模様の山景色。公共のバスが1時間に2本と交通の便が良くない為か観光客も疎ららしく、紅葉シーズンに来てもゆっくり撮影出来そう。

_img_3891 静寂が支配する境内で断続的に降る雨を避けながら僅かに撮影する事が出来た。山の中にひっそりを佇む大原野神社。紅葉シーズンには参道の景色や石段を彩る落ち葉が綺麗な事だろうと、軒先で雨宿りしながら想像が巡る。

昼前に雨脚が激しくなってきたので退散する事にした。

例年より全国的に紅葉の進みが遅いのを考慮して12月の撮影を計画したが、3~4日程遅かった感じがする。また、終始雨模様とイメージ通りの撮影が存分に出来なかった。

まだまだ場所を撮影しに行っている感じが否めず、その時々の天候にも左右されずに撮影テーマを写真にする道のりは険しそうだ。

061208_151301_2毎日同じ通勤電車で会社と家の往復するのが普段の生活から考えると、初めての街路を進むだけでワクワクする感じがする。

寺院ですれ違う人や撮影している人たちと挨拶や会話を交わす何気ない事に殺伐とした毎日との違いを感じ心地良い。

最後は、光明寺で撮影の邪魔をする子猫です。

棚田百選/白米千枚田(石川県)

棚田に魅了されたきっかけにもなった、輪島市の白米千枚田を訪れてみた。

横浜(神奈川)から高速バスと金沢からの特急バスを乗り継いで約12時間ほどで輪島に到着した。輪島からさらにバスに乗り日本海を臨みながら山間の道路を走る事15分ほどで目的地、白米千枚田に到着した。

_img_2484_1 イメージしていたより随分小さく感じたが、日本海に面した棚田の美しい佇まいは想像以上に壮観な景色だ。

夏の棚田は一見すると芝生畑を思わせてしまい棚田本来の美しさが影を潜めてしまう感もあるが、しかし、その緑が覆う棚田と紺碧の日本海の景観が白米千枚田に他には無い美しさを与えている。

海岸線ぎりぎりまで棚田があり、日本海の潮を被ってしまうであろうに丈夫な稲を育てる自然の営みには驚かされる。

8月6日

各地で今夏一番の暑さを更新している中、61回目の平和記念式典が行われた広島の夏。被爆者に黙祷が捧げられた同じ時刻に横浜では何が行われていたのだろうか。

広島の小中学校では平和を考える全校集会があるそうだ。長崎出身の人に話を聞くと、8月9日は長崎の小中学校では登校日となるそうだ。広島、長崎では被爆体験の継承などに努力しているが、全国の小中学校はどうなのだろう。歴史の教科書の中での出来事になっているのではないだろうか。

被爆国としての日本ではなく、被爆したのは広島、長崎であり、核廃絶を訴えるのを任せてはいないだろうか。

核の時代に生きる現代人には避ける事の出来ない問題、核廃絶。被爆体験を継承していく事で、核の恐怖を訴える事が出来る。戦争を体験した世代でなければ平和を訴える事が出来ないなんて事はない。戦争は体験などしてはいけないのだから、未経験の我々にも平和を訴えていく事は十分できる。

同じように、米軍基地問題は沖縄や岩国の周辺住民へ、原子力発電所問題は福島や福井の周辺住民へ、再処理問題は青森へと関係する周辺住民の問題として扱っていないだろうか。その他の地域住民にはなにか異国の地の出来事のように写ってはいないだろうか。

そしてまさに異国で起こっている、イラクやレバノンでの住民に対する攻撃。

他の地域や世界で起こっている事を自分の問題として考えなければ解決は出来ないだろう。

今年の終戦記念日には、初めて靖国神社へ行ってみようと思う。

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